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プリオシン海岸  カムパネルラの切符


アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ

空の王子さま


サルディニア島のアルゲーロ基地にて 1944年

Antoine de Saint-Exupéry 1900-1944



神とは

事物を結び合わせる

聖なる結び目である。

    「城砦」






サン=テグジュペリ少年

 なぜサン=テグジュペリが銀河鉄道に乗ったのか不思議に思う人もいることでしょう。でも、それにはちゃんとした言いわけがあります。そのおとなの人は子どもの本でもなんでもわかる人だからです。いや、もうひとつ言いわけがあります。そのおとなの人は、「星の王子さま」という本を書いて、世界を救えないままに死んでしまった人だからです。どうしてもなぐさめなければならない人だからです。こんな言いわけをしても、まだたりないなら、そのおとなの人は、むかしいちどは子どもだったのだから。そこで私はタイトルをこう書きあらためます。こどもだったころのサン=テグジュペリ。

星の王子さまを描く アントワーヌはレストランで暇つぶしにテーブルクロスにひとりの男の子の絵を描いていました。これを見た出版社の男は絵本を書くように勧め、クリスマス用の絵本として出版されたのが「星の王子さま」でした。星の王子は作品として生まれたものではなく、アントワーヌの心の中でずっと生きていた男の子だったのです。「星の王子さま」でも触れられているように、彼は絵を描くのが好きであり、彼のポケットには文章や絵がぎっしりと詰め込まれていて、その絵の中に男の子が時々顔を出していたのでした。

母の実家であるラ・モールの城 サン=テグジュペリの家は11世紀から続く名門で、爵位を名乗れる家柄でした。そして、彼もまた他の聖なる人と同様に、その生まれに後ろめたい思いを抱いている人でした。彼の名前の前置詞「ド(de)」とは、貴族を示すもので、「ド」の後ろに付く名前はその出身である領地やゆかりの土地を示すものなのです。ですから、彼は自分の名前の下では貴族であることを自他共に認めざるを得ない立場で生きることになりました。

リビア砂漠に墜落したサン=テグジュペリ アントワーヌにとって空を飛ぶことは水を飲むことと同じことでした。墜落という危険が伴うことを除いては。それはちょうど20世紀という砂漠で渇きを癒す井戸であったかのように。実際、彼は幾度も墜落し、そして墜落することで、星の王子さまと本当に出会うことになったのです。王子さまも星から墜落してきた男の子でした。彼は試乗しなかった飛行機がなかったほどの飛行機好きでした。飛行機は何万年もの間、地上に縛り付けられてきた人間を解放し、アントワーヌを時代から解放しもしたのでした。本当は墜落の人だったのです。奇しくも墜落することで彼は自分の人生を救い出していたのです。そして彼の墜落は僕たちの人生をも救い出すことになったのです。

.............レオン・ウェルトからの手紙


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