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サイレント・ランニング

Silent Running


SILENT RUNNING

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1972年・米 上映時間 89分
監督:ダグラス・トランブル 製作:マイケル・グラスコフ
脚本:デリック・ウォッシュバーン、マイケル・チミノ、スティーブン・ボッコ
撮影:ピーター・シカラ 編集:アーロン・ステル
音楽:ピーター・シュキール 歌:ジョーン・バエズ
特殊効果:バーノン・アーサー、ジョン・ダイキストラ、R・L・ヘルマー、マーリン・ジョーンズ、ジェームス・ラグ、ダグラス・トランブル、リチャード・ユーリッチ
出演:ブルース・ダーン、クリフ・ポッツ、ロン・リフキン、ジェッセ・ヴィント
ドローン(マーク・パーソンズ、スティーブン・ブラウン、シェリル・スパークス、ラリー・ウイセンハント)


 紛失していたテープが見つかったので、先々月に予告した「サイレント・ランニング」を取り上げます。Douglas Trumbull 初監督作品です。

 20世紀末、地球上の植物は全滅しています。わずかに残された木々や草花は、地球緑化計画のための実験として、地球から遠く離れた宇宙空間に停泊する巨大な宇宙輸送船のドームの中で育てられていました。舞台になるヴァレー・フォージ号はその中の一隻で、主人公を除く乗組員たちはこの計画に関心がなく、帰還命令が出されることを望んでいます。2001年を迎えた日、地球政府から計画の中止と帰還命令が発せられ、ドームの核爆破も命令されます。植物学者のローウェルはドームを爆破する準備をしていた3人の同僚を殺し、逃亡を図るのです。

 この映画はアメリカでの公開時当たらなかったため、日本での公開は10年以上後になりました。SF映画は後から人気が出てくるということがよくありますね。映画は花びらの大映しから始まりますが、宇宙空間を背景に植物の世話をする主人公は修行僧のような不自然な服装です。ブルース・ダーンの容貌と相まって、60年代のヒッピー hippie カルチャーを継承しているような印象を受けます。ちなみにウッドストック・フェスティバル Woodstock Festival は69年でした。自然保護というモチーフから言っても、ヒッピーカルチャーの影響があるんだと思います。脚本に「ディア・ハンター」、「天国の門」のマイケル・チミノが、歌にフォークの女王と呼ばれたジョーン・バエズ Joab baez が入っているのも目を引きます。

サイレント・ランニング  主人公がこんなに嫌なヤツというのもちょっと珍しいです。やたら攻撃的で、いかにもひねくれ者という感じ。傲慢でもあるし。その考えに賛成でも、行動は共にしたくないヤツです。しかし、これがロボットのいじらしさや悲しさを引き立たせる役割を果たしています。ロボットはドローンと呼ばれ、船のメインテナンスを仕事としていて、3台います。逃亡して土星の輪に入ったため、その時に船外活動をしていたドローンの一台は逃げ遅れて宇宙空間に飛ばされてしまうのですが、残った2台がちぎれて残った片足を見つけて悲しげに見つめているのに、不注意だったからだと自分の責任はまったく省みません。嫌なヤツです。

 残った2台にはデューイ、ヒューイという名前が付けられます。吹き飛ばされた3台目は、もちろんルーウィです。ドナルド・ダックを見ている人には理由がわかりますね。ヒューイはローウェルの作業車とぶつかって重傷を負うことになるのですが、この時も自分の言いつけを守らなかったからと自分の責任はすべて回避されます。そして、事故に見せかけて逃亡を図ったものの、他の船に救助のため発見されると、デューイに植物の世話を任せてドームを切り離し、障害が残るヒューイは邪魔になるからと道連れにして自爆することになります。最後まで自分勝手なヤツです。

 さて、ドローンには下半身を失った俳優が入り込んで、両腕で歩行して演技しました。アメリカはさすがに俳優の幅が広いと感心させられます。モタモタした歩行、何かを見つめるときに前のめりになったり、仰ぐ姿勢になったりする時の姿、足踏みでリズムを取る人間らしい仕草など、そのパフォーマンスはとてもよく考えられて、いじらしさや愛らしさを見事に表現しています。両腕で体を支えて仰ぐのはかなりつらいものがあったのではと想像します。ドローン同士は空気穴から空気を出す音でコミュニケートできるようにもなっていて、自己意識を持っていることも表現されます。

 人間には相手にもされない使用人のようなロボットたちがもくもくと働く姿、一列に並んでよちよち歩く姿、仲間の死を悲しんだり、怪我を心配したりする姿、最後に残されたデューイが宇宙を仰いだり、植物の世話をする姿のどれもが深く心に残ります。ラストシーンで、デューイが持つひしゃげた如雨露には子どもたちが楽しげに庭の世話をする絵が描かれており、自然保護というよりも、デューイの孤独がいっそう際だつのです。サイレント・ランニングとは軍事用語で、潜水艦がその存在を知られないために無音で航行することを指しますが、結末はロンリネス (loneliness) ・ランニングであり、ロボットの悲劇そのものです。 



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