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スペースバンパイア

Lifeforce


LIFEFORCE

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85年・米 上映時間102分
監督 トビー・フーパー 脚本 ダン・オバノン他
原作:コリン・ウィルソン  音楽 ヘンリー・マンシーニ
出演 ピーター・ファース、スティーブ・レイズバック、マチルダ・メイ


 哲学的なSFが続いたので、今月は荒唐無稽でいきます。宇宙を放浪する巨大宇宙船から持ち帰った人間型エイリアンが生命エネルギーを吸い取るバンパイアとなり、ロンドンが地獄の街と化すというホラーSF。エイリアンの正体は、主人公の本当の正体とは何かというミステリーも織り込まれています。フーバー Tobe Hooper 監督だから当然ホラー色が強いですね。音楽はマンシーニ Henry Mancini ですが、心に残らない。ホラーとマンシンーニはミスマッチでしたかね。

 これが傑作?と思われる方もいることでしょう。概してこの映画の評価は低い。確かにいろんなホラースペース物の映画のエッセンスを取り込んで、B級映画の名に恥じないという嫌みが言えるほど、オリジナリティの部分で問題を感じるところはあるのでしょう。しかし、これは正統のバンパイア映画です。血を吸うわけではないけれど、フロイトが主張した「エロスとタナトス」の密接な関係をきちんと描いています。

 ご存じのようにエロスもタナトスもギリシャ神話の神々です。エロスとは愛の神であり、創造神という見方もあるようです。タナトスは「死」を擬人化して表現した神です。フロイトは人間の本能を二つに分けて考えようとしました。それぞれの象徴がこの二人の神ということになります。つまり、エロスとは生命を継続し、発展させようとする「生の本能」であり、タナトスとは生命を死に導こうとする「死の本能」ということになります。しかし、タナトスは死を迎えて終わりというわけではなく、生命の萌芽へと循環的に連なるものと考えたほうがいいでしょう。

 バンパイア映画でエロスを描いているのはたくさんありますが、タナトスまで表現している映画は数少ない。また、この映画のオリジナリティはユングが提唱したアニマを取り入れているところです。アニマについても手短に説明しましょう。僕たちはふだん、たぶんゲイも含めて、女らしくとか、男らしくとかいう社会的なペルソナ(仮面)を被って生活しているわけですが、心の内(無意識層)ではその反対の「永遠なる異性像」を個体差を超えて普遍的に持っているのです。ラテン語でアニマとは「魂」を意味する語ですが、ユングはこれを用いて男性が持つ異性像をアニマと呼び、女性が持つ異性像をアニムスと呼びました。一面的な言い方になりますが、ペルソナを心理的に補償する役割を果たしているようです。やたら男を振りかざす人とか妙に女っぽい人は概して人格的に未発達です。こういうのはペルソナとアニマのバランスがうまくとれていないと言えるでしょう。

 さて、話を映画に戻しますが、こうしてエイリアンは相手の深層意識にある理想の異性像に姿を変えて現れるのです。恋愛のテーゼに「愛している人のために死ねるか」というのがありますが、アニマと一体化するのに何の躊躇があるでしょうか。バンパイア映画に新境地を開いた映画だと yu は評価します。そう言うほどバンパイア映画のこと知らないけれど....(^^ゞ とにかく、いろんなことを考えてしまう作品なのです。それにしても日本語タイトルがあまりに安直で、原題のままにしてほしかった。エロス=ライフフォース(生命力)という、この映画の屋台骨が、それこそ生きてきません。しかし、クレジットを眺めていたら、原作の小説が『スペース・バンパイア The Space Vampires』になっていました.....(^-^) コリン・ウイルソン Colin Wilson の小説です。小説は読んでいませんが、「エロスとタナトス」という視点は、映画製作者の発想ではなくて、コリン・ウイルソンのものですね、きっと。

 マチルダ・メイ Mathilda May がエロスとアニマを一人で背負ってがんばっています。この美貌と美乳の女優が登場しなかったら、説得力は半減していたに違いないです。それから今回見直していたら、なんとピカード艦長(Patrick Stewart)が出ているではないですか。2列目の右端画像です。精神病院長役なのですが、ちょい役で、この画像とは違いますが、顔でエロスを表現してます。ちょっと見たくなかったです。いや、かなりです。

 荒唐無稽と言いながら、今月は心理学的になってしまいました。反省。こんなことでも書かないと、傑作の言い訳ができませんから。とにかくお話が面白いのです。ところで、字幕に間違いがあります。彗星の「頭部」が「星雲」と訳されています。当初、どういうことなのか理解できずにいましたが、「彗星の雲」というようなつもりで訳したのだと思い至りました。 "Something in the coma of the comet" と言っています。"coma"とは日本語では一般的に「コマ」とカタカナで訳されていますが(日本語と異なり、前(コ)にアクセントがある)、彗星の頭部、つまり太陽に熱せられて彗星の核からガスや粒子が吹き出している部分です。直径で約10万キロメートルぐらいはあります。この一部が太陽風などで彗星の後ろに流されて彗星の尾を作っています。星雲とは銀河系内であれば、塵やガスで出来ている天体、つまり星を指しますが、銀河系外星雲では銀河(星の集団)を指す用語です。映画ではこの活発な領域であるコマの中に宇宙船が入っていくわけですが、とても静かで、こういう設定は映画自体もあまりに非科学的だと言えますね。コリン・ウイルソンがそんなこと知らないはずはないのだけど。

 (2006年補足)サムネイルを作り直しました。記事を書いた当時はベータ版テープから、今回はDVDです。「オリジナル・無修正版」ということで時間が14分延びていました。しかし、テープ(つまり劇場版です)ではあったシーンが消えてもいます。なんで「無修正」なんて変な表現なんだろうと不思議に思っていたのですが、どうも下のヘアーにモザイクを入れていませんということらしい。それでもう一度見てみましたが、女性は無修正、男性には星雲がかかっていました......(^_^) 女性に修正を加えなかったら「無修正」になるのでしょうか?いつまでもバカやってますなあ。サムネイルを見れば「黒」が映画の基調色だとすぐに気がつきますが、DVDになって益々暗くなった感じです。きっと黒がモニターで表現できるようになってきたから、映画の暗さに近づけたものと思われます。サムネイルは少し明度を上げてあります。



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