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アルタード・ステーツ

Altered States


ALTERED STATES

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1980年・米 上映時間 103分 WARNER BROS
監督:ケン・ラッセル 原作:パディ・チャイエフスキー
脚本:シドニー・アーロン 撮影:ジョーダン・クローネンウェス
音楽:ジョン・コングリアーノ 特殊メイクアップ:ディック・スミス
出演:ウイリアム・ハート、ブレアー・ブラウン、ボブ・バラバン
    チャールズ・ヘイド、テイオ・ペングリス、ミゲル・ゴッドロー


 「アルタード・ステーツ」とは変性意識状態 altered states of consciousness のことを指しています。
 主人公エドワード・ジェサップは精神分裂病の研究者でひとつのトラウマを抱えています。そのため度々キリスト磔刑の夢を見ています。彼の父は信仰深い善人でしたが、死を目前にして死ぬことが怖いと怯えたのでした。なぜこんな信仰深い善人であっても死を畏れなければならないのか。彼はそれ以来信仰心をなくしました。そして、主人公は自己の探求から生命の根元を精神的なトリップで探ろうと、強力なドラッグを服用し、硫酸マグネシウム溶液に浸ります。しかし、細胞の記憶を遡るうち、彼は類人猿に逆進化してしまうことになります。「ドラッグ・ムービー」と話題を呼んだ作品です。監督はケン・ラッセルで、彼らしい演出が随所に見られる作品でもあります。

 すでに紹介した「ブレインストーム」と構成が似ています。「ブレインストーム」は死後の世界への探求でしたが、この映画は人類の記憶への探求であり、どちらもその世界への命がけの没入から妻の愛によって引き戻されるという仮定を辿ります。製作年はこちらの方が3年先になります。トリップしている映像もどことなく似ているというか、この手の映画では常用されている映像と言った方が正確かもしれません。その点、目新しい表現はありません。

 出だしはキリスト教世界や死後の世界、そして生命と自己の問題が探られていく印象を受けて、哲学的な印象を受けますが、後半はそれらの問題は隅に追いやられ、一種の狼男伝説のような展開になっていきます。映画選で取り上げて言うのもなんですが、やはり途中で破綻してしまった映画と言うべきでしょう。yu がこの映画を見た理由は映画そのものへの関心ではなく、この映画の下敷きとなった男に関心があったからです。男の名はジョン・C・リリー John C. Lilly です。

 この映画は脳科学者ジョン・C・リリーの研究や体験を下敷きにしていて、映画を語ることはこの研究者を語ることになるという図式になってしまいます。そこでここからはこの男の話です。

94年来日時のポートレート ジョン・C・リリーはもともとは正統科学の脳科学者として第一人者の位置にいた人物なのですが、後にマッドサイエンティストと呼ばれるようになる方向へと研究を進めていきました。高等動物で初めて快感中枢と苦痛中枢を同時に発見した業績があります。これは心は脳にあるのだという考えに基づく研究なわけですが、彼はのちにアイソレーション・タンクの使用によって、そこから得られる幻覚は心が脳の中に収まっているという考えでは説明がつかないことに気付くことになったのです。

 ジョン・C・リリーは、少年時代に兄を乗馬の事故で亡くすという経験をしています。その後、彼は医学を志し、脳と精神の関係に興味を持つようになりました。精神は脳のなかにあるのか、それとも宇宙意識に入っているのか、それを探る彼の旅が始まるのです。

 アイソレーション・タンク isolation tank とは1954年にアメリカの国立精神衛生研究所にジョンがいた時に開発したものです。フローテーションタンクとも呼ばれます。防音・断熱された部屋に設置し、タンク内には、比重の重い溶液(約1.3g/cm3 の硫酸マグネシウム溶液)を張ります。これは無重力状態を作り出すためです。また、その温度は体温とほぼ同じ温度に保つようにします。そして光も遮断します。この中で全裸で水面に浮くことにより、温感・触覚・聴覚・視覚の入力が制限され、高度の感覚遮断状態を実現できることになります。胎内に近い環境と言えます。胎内よりも多くの感覚が遮断されることになりますが。この装置に加えて、リリーはドラッグを併用することを思いつきます。最初はLSDを用いたようです。これはヒッピー文化にも影響を及ぼすことになりました。

 こうして、タンクにおける変性意識状態では、ボディイメージがなくなり、白昼夢のようなヴィジョンが見え、時間・空間の感覚も変容していきます。そして、体外離脱や地球外生命体との交流、創世のパノラマなどを体験することになったのです。彼はこの状態を94年の来日時でのインタビューで、「禅の悟りだ」と言っていました。彼の体験については「サイエンティスト」(平河出版社)に詳しいです。地球外生命体まで出てくると唖然としますが、意識とは何か考える上で貴重な体験報告です。

 1960年には人間とイルカとのコミュニケーションを目的として、バージン諸島に研究所を設立します。人間よりも大きい脳を持ち、古代から生息しているイルカとコミュニケーションをはかることで、太古からの歴史とその智恵を享受できないかと研究を進めていくことになります。脳が大きければ、それだけ多くの記憶を蓄積しているか、また頭脳が発達しているかという疑問を持ちますが、マグネシウムの海でフローティングしているイルカや鯨に共通項を感じたのだろうと思います。40年近くにわたる彼の研究は結局実を結ばないままに亡くなりました。彼は実現できると宣言していましたが、晩年には彼自身もその過ちに気づいたのではないかと思います。期待していた一人としてとても残念です。

 こうして彼はアイソレーション・タンクとドラッグ、そしてイルカとのコミュニケーションという3点において名を残しました。危ないので補足しておきますが、ドラッグとしてかつて大流行したLSDは1938年にスイスのアルバート・ホフマンという薬学者が偶然に合成し、精神病の治療薬として商品化されたものです。しかし、精神錯乱を引き起こすということで、世界中で禁止されています。リリーは後にビタミンKを使用することになりますが、これも強烈な幻覚作用を引き起こすものです。出会う機会があっても、絶対に手を出すべきではありません。ただし、乳幼児の場合はビタミンKが不足すると障害が出るので、微量のビタミンKは必要になることもあります。血液凝固を促進する物質で、人では腸内細菌が必要な分を合成してくれています。他のほ乳類は体外から摂取しています。一方、アイソレーション・タンクは60〜70年代にアメリカでブームになりますが、こちらは瞑想やリラクセーションのための装置として現在でも利用されています。日本では京都で体験できるようです。こちらは問題ありません。

 アイソレーション・タンクは日本映画でも登場しています。それは「ISOLA 多重人格少女」(2000年)です。人格の一つである「磯良」は isolation から来ています。タンクの実物も出てきますよ。この映画では体外離脱を誘発する手段として用いられています。「アルタード・ステーツ」では縦置きですが、今は進化して使いやすいように横置きになっていますね。この日本映画はタンクがとても危ないもののように描かれていて、偏見を生むのではないかと危惧します。薬剤を用いるのが危ないのです。

 関連映画として、もうひとつ。ジョージ・C・スコット主演の「イルカの日 THE DAY OF THE DOLPHIN」(73米)という映画があります。地方の映画館では併映されていた作品ですから、あまり売れた映画ではないと思います。原作はロベール・メルルで、確か同名で文庫本が出ていたと思いますが、映画はこのフランスの小説とリリーの研究を下敷きにしています。お話は、イルカを兵器として利用しようとする軍の研究所とその研究者との闘いです。リリーはSF映画の元ネタにはとっても向いた男だと言えます。

 今回は映画紹介というよりは、無意識を探求した一人の男のお話でした。


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