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シックス・センス

The Sixth Sense


THE SIXTH SENSE

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1999年・米 上映時間 107分
監督・脚本:M・ナイト・シャマラン
製作:フランク・マーシャル、キャスリーン・ケネディ、バリー・メンデル
製作総指揮:サム・マーサー 撮影:タク・フジモト
編集:アンドリュー・モンドシェーン 音楽:ジェームス・ニュートン・ハワード
出演:ブルース・ウィリス、トニ・コレット、、オリビア・ウィリアムス
    ハーレイ・ジョエル・オスメント、ドニー・ワールバーグ、グレン・フィッツジェラルド
    ミーシャ・バートン、トレヴァー・モーガン、M・ナイト・シャマラン


 前の2作品について試験的にそれぞれのシーンに枠をつけてみましたが、これがなかなかうまくいかないので今回からまた枠なしにしました。

 実はあまり期待せずに見た映画。yu の第六感は「そこそこ」としか予感していなかったのです。だいたい子役が出てくる映画は苦手。同じような配役の「マーキュリー・ライジング」はやはり斜め見しかできませんでした。「シックス・センス」は子役のハーレイ・ジョエル・オスメントが既製の子どもっぽい演技をしないため見つづけることができましたし、見終わった後で貴重な体験をしたことに気付かされた映画です。寝転がってへにゃーと見ていた yu は思わず居住まいを正しました。この映画の価値はこの1点、「体験」なのです。

 この映画についてはあまり語れません。見る前に結末を知ると、とても不運なことになるからです(おーコワ。いえいえ、そんな意味じゃないです)。 幸せな見方をした人と、そうでない人ではこの映画の価値はまるで違ってくると思えます。死後の世界と縁遠くない(?) yu にとっては貴重な1本となりましした。どこが貴重なのか。死後の世界を扱った映画は山ほどありますが、この映画はバーチャル幽霊体験に初めて成功しているということです。

 小児精神科医のマルコム・クロウ Bruce Willis は授賞式の夜、昔担当した患者の1人であったヴィンセントの恨みを買って撃たれます。1年後、新しい患者コール・セアー Haley Joel Osment をヴィンセント Donnie Wahlberg への罪滅ぼしの気持ちから担当することになり、助けようと心を砕くことになります。コールは、常に何か脅えており、学校で、そして愛する母 Toni Collette にも理解されない生活を送りながら苦しんでいる少年でした。そして、やはりマルコムにも心を閉ざすばかりでした。その一方、マルコムは事件のショックから未だ立ち直れず、妻 Olivia Williams との中も疎遠になりつつある状況に陥っていました。自分の人生を立て直すことができないマルコムは、コールのケースに自分が役立てないと思い始めますが、コールはマルコムの苦悩を知ることで「死んだ人が見える」という苦しみを語り始めます。

 出演者はそれぞれに芸達者です。その中でも一際輝いていたのがコールの母親役のトニ・コレットToni Colletteです。この人に泣かされない人はまずいないな。どの場面をとってもうますぎる。久々に演技とはこういうものなんだと思わせられました。

  脚本がよく出来ています。監督のM・ナイト・シャマラン M. Night Shyamalan によるものです。シャマランという名前から想像できるようにインド系です。道理でなんでもない妻の店の客にインド系のカップルが出てきたんだな。女性は魅力的な顔立ちなので、そのうち助演ぐらいの役がつくかも。オカルトっぽい映画なので、その他の部分では理屈が合わないという思いを観客が持たないように、かなり丁寧にストーリーを組み立てています。ここはやっぱり理屈が合わないぞ...と思った人はもう一度見てください。まず疑問は解けるはずです。短いシーンを挿入して、ちゃんと理屈合わせをやっています。

 キリスト教世界で、こういう東洋的な死生観の映画が次々と生まれてきた背景には、この映画のようにカウンセリングの積み上げがあるように思えます。逆にいえば、キリスト教の影響あるいは束縛から欧米人が解き放たれつつあると言えるかもしれません。宗教観と深くかかわる死後世界を描くと言うのに、脚本も監督もインド人であるということからも、その自由度が推し量られます。


ゆうれい体験するための6禁次項

1・絶対に他人から話を聞いてはいけません。
2.この映画に関する知識を一切求めてはいけません。
3.夢に見てもいけません。
4.縦横に伏線が張り巡らされていますが、考え込んではいけません。
5.ここで読んだことはすべて忘れなければいけません。

「第六禁」
泣きたいときに涙をこらえてはいけません。


 サスペンスを見るときに、いかに早く結末がわかるかということにいつも挑んでいるあなた。そんなことはおやめなさいってば。

 2001年にこの映画に近い場所を占めるゴシック・ホラー作品が出てきました。「アザーズ THE OTHERS」です。とてもよく出来た作品です。「シックス・センス」と同様に愛することの貴さを訴える作品ですが、どちらの作品も生きることの悲しみがひしひしと伝わってくる作品でもあります。つらい人生であっても、それは愛によって救済されるのでしょうか。あるいは愛は人生を悲しみに彩るだけのものなのでしょうか。 こういう映画を見ると、 yu はふとそんな疑問を抱くのです。



THE OTHERS

THE OTHERS
2001年 アメリカ・スペイン・フランス 84分
監督・原作・脚本: アレハンドロ・アメナーバル 製作: トム・クルーズ
出演: ニコール・キッドマン、フィオヌラ・フラナガン、クリストファー・エクルストン
    アラキナ・マン、ジェームズ・ベントリ



コールをなぐさめるために

 ここからは余談です。世の中ではコール・セアーのような感覚を持った人は映画のようにうそつき呼ばわりされるか、気味悪がられたりするのが普通の対応です。身近にこういう人を知っている yu は少年の悩みに共感できます。彼らも yu たちと同じく幽霊は怖いのです。彼らは見えることを恐れ、口にすることで人々から深く傷つけられます。二重の苦しみを味わっているのです。

 まだ名がマスコミにほとんど知られていなかった頃から宜母愛子に注目していた yu は、宜母が批判の的になり、今や信じる人だけを対象にその能力を飯の糧にするようになったことを残念に思うことはあっても、非難する気にはとうていなれません。彼女の場合、霊が介在するかどうかは別にして、科学では知られていない情報網をスキャンする能力に長けているわけですが、いつも正しいということはありえません。脳がその情報をキャッチしても、宜母の理解は宜母が意識して使っている脳の部分の範囲にとどまるからです。

 間違ったからといって、それをうそつき呼ばわりするのは、天気予報官をうそつき呼ばわりするのと同じことです。正統と自ら自負する科学者がそういう過ちに気付かないのはおそらく傲慢のためです。正統科学もずっと天気予報でやってきているのですから。ある科学理論が間違っていることがわかっても、だれもうそつき呼ばわりしたりしません。間違いをうそと言うなら、科学者はみんなうそつきになります。極端なことを言えば、正統と正統でない違いは天気図が描けるかどうかぐらいのことです。

 あなたのそばに能力で悩んでいる人がいたら、信じなくてもいいからその悩みは聞いてあげてください。その人が忠告したいというなら、その忠告どおり行動しなくていいから、気にとめるぐらいのことはしてあげてください。 yu の理解では、この能力は女性が圧倒的に多く、情緒の不安定が解消すると自然に消失する傾向があります。良い相談相手がいれば、この悩みから解放される可能性が高いと言えます。人は等しくこういう能力を持っており、脳のその部分が目覚めているか目覚めていないかという違いがあるだけです。能力のある人が幽霊とみなしている存在から一時的にでも逃れたいなら、心を鎮めてくれる物が有効です。水晶玉はお勧めです。

 あなたがコールなら、あなたには聖なる部分が目覚めているのだと考えてください。だから世の中は受け入れたくないのです。受け入れられなくても、それを汚すようなことだけはなさらないでください。浄い器はきっといつの日か多くの人々を食事に招くことができるのですから。コールに幸あれ。



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