プリオシン海岸  プリオシン通信

人間の石炭紀

両生類の賑わい


鳥の置き手紙
鳥の置き手紙


あのセキレイたちが時々バルコニーへやって来ているらしく、羽毛が1枚置いてありました。「留守だったよ」と言いたげに、羽根先が風になびいていました。鳥と話ができたなら、下界は相変わらずだよと愚痴をこぼしてしまうでしょうか。

1971年にフォークグループ「赤い鳥」が『翼をください』を歌ってから、ずっと消えることなく歌い継がれていることを考えると、たぶんこの嘆きは多くの人が共有するところなのではないでしょうか。


子供の時 夢見たこと
今も同じ 夢に見ている
この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみのない 自由な空へ
翼はためかせ 行きたい


  僕の好きな曲がいつもレコードのB面であるように、この曲もやはりB面でした。では、そのA面は何だったかと言えば『竹田の子守歌』です。どちらの曲も時代を超えて受け継がれているという、すごいシングル盤です。もっとも『竹田の子守歌』はもともとは民謡なので、アレンジされて広まった曲の方です。この盤はミリオンセラーになりました。


守りもいやがる 盆から先にゃ
雪もちらつくし 子も泣くし

盆がきたとて なにうれしかろ
帷子(かたびら)はなし 帯はなし

この子よう泣く 守りをばいじる
守りも一日 やせるやら

はよもいきたや この在所(ざいしょ)越えて
むこうに見えるは 親のうち


当初、赤い鳥はこの曲が京都の被差別部落由来の民謡だとは知らずに歌っていたそうです。その一方でメディアも民謡の出自を知ることになり、なぜか放送が自粛されていきました。「なぜか」を突き詰めれば差別心ということになるのでしょう。イムジン河(ザ・フォーク・クルセダーズ)、手紙、チューリップのアップリケ(岡林信康)、ヨイトマケの唄(三輪明宏)などとともに、「放送禁止歌」と囁かれていました。

先月、「朝日新聞でも人権にかかわる訴えであれば無視できないでしょう」と書いたら、今月は橋下徹大阪市長が朝日新聞グループを人権問題で批判しました。
週刊朝日が橋下家の出自を探る記事を掲載したということで、朝日新聞グループの取材拒否を通告したものです。翌日には週刊朝日が「同和地区などに関する不適切な記述が複数あった」として謝罪と連載中止に追い込まれることになりました。記事を読んでいないから詳細は知りませんが、表紙の表現だけでも差別的です。編集長は更迭されたようです。

週刊朝日 こんなに早い対応は聞いたことがありません。週刊朝日側にグレーゾーンだという自覚があったのでしょう。橋下さんは「『原子力村をあれだけ厳しく批判しても、自分たちの『メディア』村には厳しい目は向けない」と語っていました。中日スポーツは大きな記事で朝日新聞も謝罪したと報道していましたが、朝日新聞は小さな記事で、自らの謝罪には触れていないどころか他人事のような書きぶり。

確かに橋下さんの言う通りです。未だに人の評価を出自に求めようとする倒錯思考を大マスコミがやろうとするとは呆れ果てます。しかし、君が代、朝鮮学校の補助、思想調査、入れ墨など橋下さんのやってきたことも同じことで、自分には厳しい目を向けることはできません。差別的な言動では誰にも負けていない石原都知事を批判することもありません。むしろ、おべんちゃらを言っている。

「人のふり見て我がふり直せ」とは難しいものです。メディアだけでなく政治家だって同じです。

ようやく涼しくなったせいか、領土問題もすこしクールダウンしました。しかし、沖縄や大震災の被災地の現状を見ると、政治家は領土を守るというばかりで、領土に住んでいる国民を守ってくれるのだろうかという疑念は何十年経っても僕の脳裏から離れません。

沖縄では今度はまた米兵のレイプ事件です。夜間外出禁止中の米兵たち自身がレイプする輩はなくならないと話しているように、日本政府が沖縄をレイプし続けているような現状こそが問題なのでしょう。領土問題には即時対応しようとする国が、なぜ領土内にいる国民にこれほど冷淡になれるのでしょうか。答えは残念ながら、僕らヤマトに住んでいる人々の意識を反映しているだけのようにも思えます。

国がだめなら地方で分担するということを全国各地の首長は真剣に考えてほしいです。地方分権を主張するなら、当然の道筋だと思います。一地方自治体の災難は知らんぷりのままの地方分権なんて、国の金と権力を地方に寄こせというワガママ分権に見えてしまいます。せめて被災地の瓦礫引き受けと同じぐらい検討することがなぜできないのでしょうか。地方分権の理想はマヤカシですか。

靖国神社の秋の例大祭には多くの国会議員が参拝しました。自粛を求める野田内閣からもまた参拝です。指示を無視して行く人を大臣にした時点で、自粛がマヤカシであることが知れています。参拝した議員たちはマスコミのいつもの無意味な質問に「個人として参拝した」と答えます。

みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会 67人も集まってぞろぞろと参拝したのに「個人」とは呆れます。「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」というより、「マヤカシで靖国神社に参拝する国会議員の会」です。国民的、国際的議論がある場所へ出かけるのに個人など通用するはずもありません。祈願や御利益を求めて神社に行くのと一緒にしてはいけません。国会議員として参拝したと言えないような議員ならお辞めください。

月初めに復興予算がこじつけで被災地以外で多く使われているという報道が出ました。プリオシン通信で何度も取り上げた日本鯨類研究所へも18億円と報道されています。宮城県石巻市に鯨産業があるというこじつけです。地元業者からは自分たちが補助金をもらっていると誤解されるから迷惑だという声が出ています。

予算の使途は研究費ではなく妨害対策費です。昔から予算の半分以上が妨害対策や捕鯨推進のための広報に使われています。以前に鯨研を話題にした時に研究にかかわる記事がサイトにまったく見当たらないことを指摘しましたが、今では掲載されるようになっています。同じ批判があって気にしたのでしょう。

日本鯨類研究所 研究所とは名ばかり。鯨研は鯨肉の横流し等で今までにも不正が明るみになったり、天下りをなくすことができないでいる法人です。そして、「調査捕鯨」というマヤカシは、「領土問題はない」や「オスプレイの安全保証」や「原発やめたら国が滅ぶ」などというマヤカシと同根です。

マヤカシは続きます。半月後、鯨研の過去から積み上がっていた債務の穴埋めに補助金が使われたことがわかりました。鯨研の過去と大震災に何の関係があるんでしょうか。公表されていた使途も嘘だったわけです。これじゃまるで火事場泥棒。

抗議活動で捕鯨数が減ったにもかかわらず在庫のだぶつきは解消せず、鯨研は資金難に陥っていました。昨年の鯨肉の入札では3/4が売れ残りました。先日はEU議会から経済連携協定の交渉を始める条件の一つとして捕鯨廃止も持ち出されています。赤字解消の目処も、産業として復活できる勝算もどこにもありません。復興予算云々の前に補助金が毎年つぎ込まれていること自体が問題です。

今回の復興予算の使途が見えてきたのは衆院決算行政監視委員会でのやりとりからで、水産庁長官が2011年度の財務状況は「ゼロ程度になる見込み」と答弁したからです。「「ゼロ程度」というのは過去の債務超過が溜まっていたので、それが解消されるということです。過去の債務超過だけでなく、2011年度も大きな赤字になっていたのでその赤字の穴埋めにも使われたと推定されます。ちなみに、鯨研の理事長は2年前までは元水産庁次長でした。

そもそもがずさんな運営をしている公益団体が、こういうでたらめな復興予算の使い方をしてもお咎めなしとは。ナショナリズムを利用した聖域扱いと言えそうです。被災地復興のための増税と言いながら、それを食い散らかす人たち。普段食い散らかしながら、食糧確保といって捕鯨利権を守ろうとする人たちを連想してしまいます。

復興予算のうちの何割がこういうマヤカシなのでしょうか。復興予算は2013年の所得税に25年間、2014年からは住民税にも10年間上乗せされて徴収されることになっています。こちらはマヤカシなしです。


   政治家

 あっちもこっちも
 ひとさわぎおこして
 いっぱい呑みたいやつらばかりだ
       羊歯の葉と雲
           世界はそんなにつめたく暗い
 けれどもまもなく
 さういふやつらは
 ひとりで腐って
 ひとりで雨に流される
 あとはしんとした青い羊歯ばかり
 そしてそれが人間の石炭紀であったと
 どこかの透明な地質学者が記録するであらう


石炭紀の想像図(National Geographic) 以前にも引用したことのある宮澤賢治の1927年作品です。これは「詩ノート」と分類されている詩群の中の一篇ですが、ほとんどタイトルがない中でめずらしくタイトルが付けられている作品です。タイトルを付けずにはいられなかった怒りのようなものを感じます。

今回書いたことは政治家に限らず、国のお偉方たちと言うべきでしょうか。東京の方ではまだ化石になるのは嫌だと騒いでいるお爺さんがいますが、化石燃料による排ガス規制をやったのだから、憲法無効だの核武装だの、自らの化石思想も規制してもらいたいものです。わか者を嘆く老人はいつの時代でもばか者になることを知るべきです。

賢治が政治家を嘆いてから85年が経ちますが、人間の石炭紀が終わる未来はまだまだ遙か先のようです。

2012/10

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