プリオシン海岸  プリオシン通信

12歳の少女

ホメラレモセズ、クニモサレズ


逃げないクマゼミ
かわいげのない庭のクマゼミ


今年は7月が涼しかったためか蝉の鳴き始めが2週間ぐらい遅れました。そして、鳴き始めたら庭の木には蝉が鈴なり。20センチ間隔ぐらいです。例年ならあまり留まらない松の木にも。まるでラッシュアワーみたい。

近づくと昔はさっと逃げた蝉ですが、逃げもせずふてぶてしい。かわいげがない。ほとんどがクマゼミです。クマゼミの北進でアブラゼミはすっかり少数派となりました。

クマゼミの声のうるさいこと。見た目は「鈴生り」でも、耳には「鈴鳴り」なんて生やさしいものじゃありません。庭に立つと家の外壁にもその大声量が反響して眩暈(めまい)がします。

頭を振って、騒音を消し去るために一曲。

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夏がくれば 思い出す
はるかな尾瀬 遠い空
霧のなかに うかびくる
やさしい影 野の小径
水芭蕉の花が 咲いている
夢見て咲いている水のほとり
石楠花(しゃくなげ)色に たそがれる
はるかな尾瀬 遠い空
-----------「夏の思い出」より

今年は原発事故のために尾瀬は観光客激減だそうです。夏と思い出は相性がいいので夏が来れば思い出すものはたくさんありますが、戦争もそのうちの一つです。今も蝉の声がうら悲しく聞こえる遺族の方も大勢いることでしょう。

エアコンが普及したせいかどうか知りませんが、怪談の出番が少なくなったことはあっても、戦争の記憶は語り続けられています。戦争は嫌だという気分で語り続けられていることはいいことですね。

今年は大震災の影響もあってか戦争についての報道が多かったように感じています。僕もいくつかドキュメンタリーを見ました。先月からアメリカのドラマ『ザ・パシフィック(The Pacific)』(全10話)も見ています。まだ5話まで。このドラマはスティーヴン・スピルバーグらの製作で太平洋戦争を虚実を交えて描いているものです。


TVドキュメンタリー


敗戦から66年を経ても、戦争経験者が少なくなっても、我々はまだ忘れようとしていません。

時々わき起こる中国や韓国からの日本非難について、60年以上も昔のことをいつまで持ち出す気か!と怒りたくなる人の気持ちもわからないではないですが、戦争を起こした日本がまだ忘れられないのに、被害国にはもう忘れろというのは酷なのではないでしょうか。

もちろん、日本は忘れられないだけでなく、忘れてはいけないという民衆の思いと努力があったからこそです。政府ではなくて。

政権交代して良かったもののひとつは、戦争責任をめぐって近隣諸国とのいざこざが激減したことでしょうか。特に管直人首相になってからは。ところが、またポスト菅を目指す野田財務大臣は「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」と発言し、諍(いさか)いの種を蒔き始めました。

個人が何を思おうと自由ですが、国際社会とお付き合いしていかねばならないことを半世紀以上経てもこの国の多くの政治家がわかってくれないのは残念です。あらゆることが自民党に似てきた民主党は、戦争責任についても自民党と同じようにふくれっ面を諸外国に向けていくことになるのでしょうか。

『ザ・パシフィック(The Pacific)』 東日本大震災での死者は昨日付けで15,711人です。行方不明者は4,616人です。死者はまだ増え、行方不明者は減りつつありますが、2万人余の人々が帰らぬ人になっています。

日本の1945年8月に負けた戦争は1931年の満州事変から始まったと捉えるなら15年戦争と呼ばれます。37年の日中戦争からと考えれば8年になります。どちらにせよ、この間の戦死者は約310万人とされているようです。そのうち民間人は約80万人です。

東日本大震災は人災の側面もある自然災害ですが、戦争は言うまでもなく人災です。しかも大災害に「超」がつくほどの規模です。大災害でも我々は震えたのに、戦争犠牲者の大きさを考えるとその恐ろしさは想像もつきません。

ダグラス・マッカーサー 前の戦争を聖戦と考える方もおられるでしょうが、今に至る歴史的な検証を踏まえれば、指導者たちの無知蒙昧と無責任ぶりは明らかです。戦争を遂行できるような器ではありませんでした。

ダグラス・マッカーサーは、ドイツは成熟していたが「日本はまだ12歳の少年」と言いましたが、ドイツはともかく日本については的を射ていたように思えます。残念ながら当時も今も日本人は政治に疎いことが明らかです。

現在の政治家たちを見て、この人たちに自分の命を預けてもいいと観念できる国民は何人いるでしょうか。幸福なことに政治の貧困状況ゆえ日本人は戦争なんてできません。戦前から戦中、政治家や軍人の人格を見抜くことができた、一部のかしこい人々の絶望感はいかほどだったことでしょう。

特攻艇「震洋」 そんな絶望的な人格が生み出した象徴的なものがあります。日本は人間魚雷「回天」、人間爆弾「桜花」、様々な人間兵器を生み出しました。今夏も特攻艇「震洋」の記事が出ていました。特攻艇としては「マルレ艇」というのもありました。こういう作戦を考え出した人々はきっと誰も自分が乗り込むことを想定してはいなかったことでしょう。

こんなマンガ兵器で巨艦と戦わせようとする無知蒙昧、恐ろしき純情な若き死に目をつむる無責任。そして、この戦法は特殊な事例だったわけではありません。

父はぎりぎりで戦争には行きませんでした。この世代は学校でほとんど勉強していません。学校では爆弾を抱えて戦車に潜る模擬訓練をやったと話していました。

ドラマ『ザ・パシフィック』の中でも日本兵がアメリカの機関銃の前に大勢が次々と突っ込んできては倒れていく姿に米兵が青ざめるシーンが登場します。たぶんこの部分はフィクションではなく、事実に基づいたものでしょう。こういう突撃は今までにずいぶん読んだり聞いたりしましたから。

日本兵は人間として扱われなかった、いわば鉄砲玉みたいなものだったのでしょう。

聖戦だったという主張を支えるひとつの根拠に「大東亜共栄圏」という、東アジアに王道楽土を建設するという目的があります。8月に見たドキュメンタリーのひとつ、NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか・戦中編」に興味深い会議録が出てきました。

1942年3月、占領地が拡大してもその運営プランを持っていなかった政府は財界に支援を求めました。企業にとってはビジネス・チャンスです。首相官邸で行われた大東亜建設審議會での一部発言を番組から引用します。

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満州重工業総裁・鮎川義介 「極端に言いますれば、向こうから取ってきた資源は対価を払わんでよろしい。タダでとる。いわゆる出世証明のような方法で支払いは百年先でもよろしいというふうに私は思うのであります」
王子製紙社長・藤原銀次郎 「しかし、お前たちは裸でおれ。食う物が無くなったら死んでもやむをえないという政治を露骨に実行しうるかどうか」
鐘淵紡績社長・津田信吾   「日本を中心として搾取していかねば続かぬということはごもっともな意見ではありますが、そこは公明正大にカムフラージュすべきかと」

(こうした発言の後で、露骨な搾取に躊躇する一部の参加者たちの発言があったらしい。それを受けて政府代表であった企画院総裁が発言する)

企画院総裁・鈴木貞一    「私はこう思う。こんにち日本がやっていることは欧米の思想からみれば搾取であるかもしれぬ。しかし、自分のなすことに正義感を持ってやる場合は搾取という思想にはならないと思う」
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総裁が言っていることは、欧米の思想にすでに敗北していることを認めた上で、悪いことを悪いと思わずにやったら罪にはならない、と僕は理解しましたが、間違っているでしょうか? 大東亜共栄圏の正体見たり、です。

この後は公務員と企業が結びついた時に起こる道が待っていました。つまり、軍部と企業が癒着して利権漁りを始めるわけです。軍隊として当時あったのは帝国軍ではなく、陸軍と海軍でした。大臣もそれぞれ別で対等ですから、ひとつの軍隊として行動できない構造的な問題を抱えていたと言えます。

大日本帝国陸軍旗大日本帝国海軍艦旗
大日本帝国陸軍旗大日本帝国海軍艦旗

陸軍と海軍はお互いに牽制しながら利権争いを展開し、自軍に不都合な情報は隠してしまうのです。それを政府も黙認するありさま。

しかも当時は軍部批判は罪に問われたわけで、これじゃまさにやりたい放題。「お国のため」と国民に命を捧げさせながら、軍部はお国のために尽くしませんでした。多くの人々が「ホメラレモセズ、クニモサレズ」に死んでいきました。

そして、たぶんこの番組を見ていた人は同じ思いを持ったことでしょう。権益と省益しか考えない官僚と、彼らをコントロールできないばかりか、やはり党益と自益しか考えない政治家たちと同じ構図ではないかと。

日本が戦争に負けたのは資源や資金がないからという前に、思想がなかったから負けたのだと思えます。完敗でした。

そして、マッカーサーに「覚えが早くて優等生だ」と言われた12歳の少年は「教育」されて戦後の驚異的な復興を成し遂げます。いつも当時の官僚が一流であったとほめられますが、これは地政学的な幸運を背景とした民衆の勤勉さがあったからこそだと思います。

今も海外で誉められているのは政治家でもなく、官僚でもなく、被災地の人々です。

先日、TV番組『世界一受けたい授業』でセロトニン・トランスポーターの話題が出ていました。セロトニンとは消化菅や血管に作用していると考えられている化学物質です。そのうちたった2%が脳内の中枢神経でも作用していて、このセロトニン濃度が人の精神状態に大きな影響を与えています。

セロトニンの不足はいろんな症状を生みます。冷え性、便秘、睡眠障害、偏頭痛等。不足が続くとうつ病を発症することもあります。

脳内で合成されるセロトニンはごく微量なために再吸収され、シナプスでリサイクルされます。この再取り込みをするのがセロトニン・トランスポーターです。うつ病の薬はセロトニン・トランスポーターを阻害して、シナプスに一時的にセロトニンの滞留量を増やす働きをしています。

セロトニン・トランスポーターの日米比較 このトランスポーターに関わる遺伝子は国や民族で差異があって、日本人は少ないと聞いてはいました。今回この番組で日米比較が出てきて、こんなに違うのかとびっくりしました。左図がそれです。

この遺伝子にはL型とS型の2つがあって、L型はセロトニン・トランスポーター多くなり、S型は少なくなります。そして、この遺伝子の組み合わせはLL型、LS型、SS型の3種類です。番組では「性格」に影響していると説明されていましたが、むしろ気分ですよね。SS型は心配性、LL型がとてもおおらかとされていました。

日本人って何だろうと思うような割合です。まあ、アメリカ人って何だろうと思う数値でもあるわけですが......(^_^)

昔々、生活に不安を抱えていたのはどの民族でも同じだと思うのですが、何が原因でこんなに差異を生んだのでしょうか。島国の日本は外敵の侵入がすくなく、ヨーロッパに比べればストレスが少ないように思うのですが、その子孫であるアメリカ人がこんなにおおらかとは。

心配性というか、いつも不安を抱えているというか、そういう民族性が働きアリのごとき勤勉さを生んだのだなあと腑に落ちるものがありましたね。

「なでしこジャパン」初優勝 7月は「なでしこジャパン」初優勝で盛り上がり、8月にはチームに国民栄誉賞が授与されました。菅首相は「被災者と全ての国民に困難に立ち向かう勇気と爽やかな感動を与えた」と語ったそうです。

「なでしこ」が国民栄誉賞なら、なぜ民主党に仕分けされた「スパコン世界一」には栄誉賞が授与されないのだとお怒りの方もおられました。

趣旨が違うでしょう、というところですが、僕もそれを承知で言えば、震災の現場で挫けずに生きている被災者と、そして被災者と手を取り合って元気づけている人々には何の言葉もないのかと不思議です。国民は困難にめげずに立ち上がっている被災地の人々から何も与えられていないのでしょうか。

賞にまつわる違和感はいつも消しがたい。

ついでに言えばスポーツ観戦で「勇気をもらった」という人がたくさんいます。高校野球でもよく聞きます。映画監督の河瀬直美さんも高校野球が大好きなようで、「勇気をもらいました」と書いていました。僕はいまだこれがわからない。

スポーツは見るよりもする方が好きです。観戦については今はもうバレーボールぐらいしか見ません。今夜も日本×ロシア戦を見るつもりです。見て面白い。それだけ.......(^^ゞ

まあ、元気という気をもらうことはあり得ることです。僕はやはりスポーツ音痴なのかな?

女子サッカーが「優勝」という栄冠に輝くと、国は選手の待遇改善や選手育成に税金をそそげ!といっぺんに態度が豹変する、こうした日本人の国民性は戦前から変わりませんね。民族DNAです。

好きでやっていることだからいいのじゃないの? 世間のほとんどの人は自分の手間暇で好きなことをやっていますよ。もし彼女たちから「勇気をもらった」のだとしたら、それは恵まれない練習環境の中で優勝を勝ち取ったからではないでしょうか。そうであるなら、そのままがいい。

今は、国民栄誉賞の恩恵にも与(あずか)れない被災者支援に税金は使ってあげてください。

ギリシャ・チームが初優勝 ギリシャでも同じようなことがあったらしいです。第14回世界水泳で女子水球のギリシャ・チームが初優勝したそうです。経済的な大危機に陥っているギリシャの女子チームが初優勝、ここまでは相似です。違うのはここから。

特派員によると街の人は醒めているらしい。バスのドライバーは「それで俺たちが食っていけるわけじゃない」とか。そこまで言うか!という感じです。

正直者がバカを見る世の中は大事です。なぜなら、正直者がほめられるならその価値はなくなるからです。だから、目立つ人ばかりが勲章をもらう世の中は良い世の中なのかもしれません。「ホメラレモセズ、クニモサレズ」な人々が、黙々と世の中を支えてくれていることを決して忘れない人々も大勢いるこの国が僕は好きです。

だけど、神様。日本にもう少しLS型を増やしてほしいと願います。

日本は今でも12歳の少年のような気がします。大人になる道のりは険しいので、今はせめて12歳の少女ぐらいにはなってほしいと思います。たぶん12歳の少女なら同い年の少年よりもう少し大人だろうと思うから。



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