プリオシン海岸  プリオシン通信

未来の記憶

記憶のミッシング・リンク


無花果で羽化したクマゼミ
無花果で羽化したクマゼミ


梅雨が明け、空がやっと高くなると、待ってましたとばかりに蝉が鳴き出しました。そしてたちまち猛暑。みなさん、お元気でしょうか。

畑の無花果(いちじく)には毎年たくさんの蝉の殻がぶら下がりますが(昨年9月画像)、なかなか羽化を目撃することはできません。写真はほぼ準備完了になったクマゼミです。

梅雨の間の選挙戦、ミンミンと鳴いていた民主党の管直人首相はさっそく下から目線を忘れて、乱暴な消費税の話をしてしまいましたね。国家戦略局構想もあきらめた様子。民主党もそろそろ準備完了してほしいですなと思えば、なんのことはない。今度は権力闘争に入ってしまいました......(ToT)

去年の通信、『ことばと踊る』と『極楽浄土と時間』で言葉の姿から予見した国家戦略局の命運も、鳩山さんの三人称欠落問題も、ノストラダムスの予言より当たった感じでしょうか。

「政治言語学」という新分野が作れるのではないかと思うぐらい、言葉の面から政治の未来が見えてしまいます。管さんも自信の言説に溺れないように願います。もう自信の微塵も残っていないかな。

先月はいくつかの発見がありましたが、今月もまた過去の遺物を発見しました。

まずは先月の続きから。『大宮京子&オレンジ』のレコードは発見したものの、レコードプレイヤーがなく聞けませんでした。やはりこの恵みには応えなくてはなるまいと奮発してプレイヤーを購入しました。

『大宮京子&オレンジ』 LPは何回転だっけ?完全に忘れていました。たぶん33回転かな?正解。正確には33と1/3です。さて、再生。えー!生々しい。レコードってこんなに臨場感のある音だったっけ?CDって純粋培養の音のような気がしてきました。

LPを知らない若者のためにここでちょっと解説。レコードは直径30cm(or 25cm)のSP盤から始まり、それがなくなってLP盤と17cmのEP盤が並立していました。僕が生まれた頃にはすでにSP盤は骨董品のようなものでした。

LPとは Long Playing のことで、12センチCDと同じような記録時間です。EPは Extended Play の略で、約5分の記録しかできないのでシングル盤と呼ばれていました。どちらも今のCDの元規格と言えますね。ただし、CDは回転数など関係ありませんが、レコードは盤のサイズによって回転数を合わせる必要がありました。

プレイヤーは使っていると回転数が狂ってくるので、安物でなければ微調整する装置も搭載されていたんですよ。レコードや針のホコリ払いも苦労しました。

昔は趣味としてレコード鑑賞をあげる人が大勢いましたが、音楽を聴くという行為はそれだけの労力を要求されたわけです。レコード好きな人のレコードをかけるまでの一連の所作は一種の聖なる儀式にも似ていましたね......(^_^)

話を戻します。そんなわけでレコードは使っていなければ何百年でも保ちそうな気配さえ漂っていました。CDより偉いです。しかし、聞き始めると.........こんな歌知らない!.......(^^ゞ

LPからコピーしたはずのテープの曲とLPの曲では1曲しか重なっていないことが判明。しかもその1曲の『シーズン』もアレンジがちがう。まるで別物だったのでした。じゃあ、いったいテープの音源はなんなのか?大宮京子&オレンジは1枚のアルバムしか出していない。幻のアルバムがあるのか?

テープをきちんと聞いてみると、なんとA面もB面もほぼ同じ。たった6曲しか入っていなかったのでした。自分にほとほと呆れた。

僕の推測ではシングル盤(EP)を3枚コピーしたようです。調べてみるとシングル盤は4枚ほど出したらしい。そのうちの3枚のシングルこそが記憶のレンタル・レコードだったのかもしれない。つまり、こういう記憶の齟齬(そご)が起きていたのかも。

経過1234
記憶レンタルでLP借りたテープにコピー  
推定される事実レンタルでEP借りたテープにコピーLPを買った買ったことを忘れた

またいつか実はシングル盤も買っていましたという事実が出てくるかもしれない。そんなことより残念なのは、LPの曲よりもテープの曲の方がいい曲が入っていること。

シングルを中古で探し出すのは至難。もう探すのは諦めてテープの劣化を防ぐためにCD化することにしました。レコードもね。テープよりも僕の記憶の方がボロボロです。今度レコードプレイヤーを使うのは何年後だろう......(ToT) たぶんレコードプレイヤーを買ったことを忘れているだろう。

過去は振り返らない。

そんな思いでずっと生きてきましたが、そんな思いが忘却に拍車をかけているのかもしれない。年を重ねると未来よりも過去の方がしだいに重くなってくる。シーソーが重い側に傾くように、想いも過去に転げだすような気がし始めている。

京都御所 さて、では今月の発見の話を始めましょう。

それは僕の学生生活を主とした京都時代の日誌です。なぜ日記でないのかと言えば、ごく簡単な行動記録が中心だからです。しかも、毎日書いているわけでもない。

1年近い期間の欠落もあるのですが、およそ5年にわたるものです。そんなものを書いていた記憶がまったくありませんでしたので、見つけた時はいったい誰のものかと思いました。

僕の記憶の悪さは今までになんども表明してきましたのでご存じと思いますが、それにしても!です.......(^^ゞ そのうち病院に行きたいと思います。

ずいぶん昔のことでも記憶している部分ももちろんあるんですよ。例えば、高校受験で地理の勉強を捨てていたことは覚えています。子どもの頃は地理なんかまるで興味なし。そんなものは自分の頭では覚えられるわけがないと自覚していたのです。

つまり、その頃にはすでに記憶障害の症状が出ていたわけですね。お陰様で今でも都道府県がわかりません。県庁所在地を言われてもどこの県かわかりません。だから、4月の『国破紙河在』に都道府県なんか廃止!と書いたわけです。(ウソです)

海外ニュースでは都市の名称がよく出てきますが、やっぱりどこの国かわかりません。なぜ都市名の前に国の名前をつけてくれないのかと恨めしくなります。

高校で地理は必修でしたが、歴史は世界史と日本史の選択制でした。僕のコースは理系で、日本史の選択はできず自動的に世界史。高校でも地理は捨てていましたが、実は世界史もダメ。

あちこち地域を飛びながら学習すると、世界的な時系列がわからなくなるのです。仕方なく大学受験は日本史を選択。教科書を買って自分で勉強しました。

日本は狭い。だから大丈夫。考えが甘いです。狭ければ深くなるのが道理。政治史、経済史、文化史に始まり、細かく言えばいろんな分野が同じ時系列で並べられていくことになるわけです。

今度は分野ごとの通史がわからない。これはいけない。参考書をバラして切り貼りし、分野ごとの通史を作るしかない。そう決めた時に出会った参考書がまさにその本でした。数十分野が立てられていました。たぶん希少本。

そして、出来事の背景を不要なほどに詳しく記した、事典のように分厚い参考書がもう一冊。この2冊のお陰でようやく僕の頭は歴史という積み木を組み立て始めることができました。

受験はどこの大学でも日本史はパーフェクト。今は100点満点で5点を取る自信もない.......(^^ゞ

覚え方によって記憶の鮮度がまるで異なることを示している例になると思えますが、日本史の学習方法を今でも詳しく覚えているあたりもなにやら不思議です。苦労した証でしょうね。

ほんとうは「政治・経済」が大得意だったのです。どうしてそれで受験しなかったのかは記憶にありません。受験科目になかったのでしょうか?

しかし、覚えているといっても記憶のリンクを間違えている場合もあります。

電信局で、高校時代に教師が「君たちは愛についてまだ知らない。なぜなら結婚していないからだ」みたいなことを言い、妙に納得した、ということを書いた気がしますが、それは大学時代の日誌に書かれていました。大学のゼミで聞いた言葉でした。

誰でも昔のいろんなシーンが断片的に残っていると思いますが、そのシーンがどんな脈絡の中のものなのかよくわからなくなっていますよね。

例えば、京都の深夜の街を自転車の後ろに後輩の女の子を乗せて必死でペダルをこいでいるシーン。必死なのは自転車がミニで、京都の町の北向きは上り坂になるからだとわかっています。

別にどうってことないこのシーンがなぜ記憶に残っているのか不思議です。残る以上は何かあるはず。まあ、運動不足の身には余程しんどかったんでしょうけど......(^_^)

しかし、前後のシーンは欠けたまま。これが日誌で繋がっていきます。

この日はサークルのコンパで、終わってから何人かでH君の下宿に行きました。ところが、たまたま大家さんに見つかって、後輩の女の子だけが入れなくなったのです。

当時の貧乏学生には外から直接部屋に入れるようなアパートはまだ高嶺の花。「下宿」という言葉がそのまま生きていた時代で異性の出入りは禁止でしたね。でも、だからこそ青春になるわけですよ。

仕方なく僕が彼女を学生寮まで送っていくことになりました。南に下がるので、下り坂、「行きはよいよい」です。さて、寮に着いて玄関ドアに鍵を差し込むのですがなぜか合う鍵がありません。

後輩は僕に迷惑をかけちゃいけないと思ったのでしょう、泣きそうになっていて、こっちも困ったな、こんなことで泣かないでおくれ、なんてやって結局またH君の下宿へ戻っていったらしいです。「行きはよいよい帰りはえらい」です。

「らしい」と書いたのは困ったところで書き終わっているからです。でも、みなさんが期待するようなことは何もありませんよ......(^_^) 記憶はないじゃないかって?その記憶はあるんです!

何か彼女が泣かなくて済む方法を考えながら必死で青春をこいでいたんでしょう。

まだ日誌は半分も読んでいませんが、思い出のシーンが繋がっていく面白さを感じています。しかし、面白いことばかりであるはずもない。さっきの例だって、当時は面白いはずもありませんからね。

ずいぶん時間が経っても、未だに辛い記憶もたくさんあります。さすがにそれはここで書けませんが、少しだけ。

「恋愛は人生の華」とよく言われますが、僕に言わせれば、「恋愛はホルモン分泌の華」です。高校は理系コースでしたから......(^_^) 

そんな僕でも恋愛ぐらいはきちんと覚えていなくては相手に失礼であると思って生きてきたので、その記憶はそれなりに自信があったのですが、日誌の1冊目から自信を喪失することになってしまいました。

何十年経つと、その時の恋愛の本気度がわかります.......(^^ゞ

若い時の交友関係の広さ、夜も昼も関係なく活動していたこと等、驚くことがいっぱい。登場人物は数百人、毎日のように誰かがやってきて毎週誰かが僕の下宿に泊まっています。逆にこちらからももちろん出向いているわけです。しかし、登場人物の9割はまったく思い出せません。

Mは深夜2時に酔っぱらって僕の下宿にやってきて、明け方まで僕をさんざん批判して帰っていっています。嫌いならわざわざ下宿に寄るな.......(^^ゞ そしてMはその後も度々泊まっているのです。

なかには僕の下宿に時々泊まり、授業のコピーや資料を何度も届けてくれている、ほんとによくしてくれた「あさだ」なる人物は、3回生の僕に「もし卒業できたら彼のお陰だ」とまで書かせているのに......思い出せない。

写真でもあれば思い出すんだろうけど、当時はスナップ写真なんて旅行の時ぐらい。卒業アルバムも「過去は振り返らない」ので、買わなかった。

思い出せないのは卒業できなかったからじゃないの?いえいえ、卒業できました.......(^^ゞ

僕は義理堅い人であったはずなのに、今あさだ君はそれを否定しているのである!

「彼のお陰」と書いた2年後、彼が就職してから電話したことも書いている。その職は彼が希望していたものであり、自信を持っていた。しかし、彼はすでにその時挫折していた。彼の話を聞くだけで何もしてあげられなかった。30年も経ってもつらい。それなのに忘れてしまうとは。

また、その1年後に登場する彼は結局職を辞し、別の職業に就いていることを知らせている。そしてその後、今度は僕が挫折する。僕はだれからかそれを知った彼が僕の態度を褒めていることを口伝てで知るのだった。

それを記しているということは彼の言葉が僕の支えのひとつになったからに違いない。あさだ君。ありがとう。

過去は振り返らない。ケセラセラ。彼が褒めてくれた僕の態度はそれだけのことだったんだろうけど.......(^^ゞ

あさだ君を忘れてしまったけれど、あさだ君がしてくれたことを思い出すことはできました。それだけでも日誌を5年つけた意味があります。

『ぼくらはみんな生きている 18歳ですべての記憶を失くした青年の手記』カバー 人のアイデンティティは過去の記憶の上に成り立ちます。それを実感をもって教えてくれているのが坪倉優介さんの『ぼくらはみんな生きている 18歳ですべての記憶を失くした青年の手記』です。

そして、記憶を共有することで人は絆を結びます。その記憶が多くなればなるほど絆は深まる。あさだ君は僕のことを覚えてくれているだろか。

家族の絆は血縁とか言われるけれど、実は記憶の量によるのかもしれない。しかも、子どもにとっては多感な時代の記憶であり、親にとっては遺伝子を残すための苦労を厭(いと)わない時代の記憶......(^_^) 簡単に言えば子どもが「カワイイ」時代ということです。

でも、その記憶の質は絶えず問われている。そして、夫婦の、きょうだいの、子どもとの、親との、つまり家族との愛憎が生まれる。そして、記憶をリセットしなければ生きていけない人もいる。

武田鉄矢は「お金が一番大事」という若者に、「これからまだずっと生きていくうえで、自分を励ましてくれるのは過去の自分だけだよ」と語ったそうですが、これは確かに一面の真理だと思う。しかし、多くの人が過去の自分囚われて、息が詰まりそうになっているということもある。

どんな記憶を作るのか。どんな記憶を忘れるのか。そんな記憶の選び方も大事なんだろうな。「僕らはみんな生きている」という実感をつかむために。

もうずうっと忘却との闘いの日々。何か思いついてもすぐに実行しないと忘れてしまう。もともとよそ事をすぐに考えてしまう僕は、これがかなりのハードルです。毎日こういうことを数十回繰り返す。この通信も書こうとしている「あれ」を忘れることと思い出すこととの格闘のリングなのです。

次の1行を思いついたその数秒後にはもう忘れている。こんなことは普通にあること。今も「格闘のリングなのです」と書いた後、やはり次の1行を忘れたので、別のことを書いています.......(^^ゞ 思い出せない!.....2分後思い出しました。

突然通信の更新が止まった時は、「プリオシン海岸」というサイトを忘れてしまったということになると思います。........忘れたのはこれでした。思い出すのはほんとに疲れます。うちのサイトに検索ページ「海岸散策」を設置してあるのも、訪問者のためではなく、自分のためです。

過去は恥ずかしいことばかりだから記憶は残酷でもあるわけで、どんどん忘れてしまうんでしょう。『プリオシン海岸』でもそうとうに恥をさらしているもんね。

未来もきっと恥ずかしいことばかりだけど、未来の記憶はないのでなんとか生きていける。

『博士の愛した数式』書籍カバーと映画ポスター 実は僕が日誌をつけたのは京都時代だけではありません。記憶に危機感を感じ始めた20年前、日誌ソフトを見つけたことを契機に日誌をつけ続けてきました。でも、事件がない日は半行にも満たないです。

いろんな日誌ソフトを乗り継いで今はエクセルに落ち着きましたが、20年分のシートが並んでいます。あらためて言うまでもなく、登場人物の8割は僕の記憶の中で死んでいます。

この10年以内の手紙を整理していても知らない名前がぞろぞろ。

いつか僕も『博士の愛した数式』みたいに、体中に付箋をつけて歩くことになるのかしら。僕には家政婦さんを雇うお金があるのかしら。数式がわからなくても大丈夫かしら。

人々はたぶん日記を考えるための道具として使っているのではないかと思うのですが、僕の日誌はまさに記憶のミッシング・リンク(Missing Link)。過去と僕の今を繋いでくれる。

もし未来の記憶というものがあったとしたら、「電信技師は慾(欲)ハナク、決シテ瞋(怒)ラズ、イツモシヅカニワラツテ死んだ」というのだったらいいなあ。



【今月の映画】
邦題
『クレイジー・ハート CRAZY HEART』
2009年 111分 アメリカ スコット・クーパー監督

ジェフ・ブリッジスがアカデミー主演男優賞をやっともらった作品です。落ちぶれたカントリー歌手の話ですから、もうネタは割れていると思うところですが、じっさい予想を裏切らない展開でした......(^_^)

芸達者が揃っているので、芸を見る分には悪くない。カントリー好きには佳作なのかもしれない。観客を選ぶ作品です。僕は選ばれませんでした。

『レポゼッション・メン』 『タイタンの戦い』 『小さな命が呼ぶとき』 『ゾンビーランド』

『レポゼッション・メン』(2010年)はSFです。設定が『マイノリティ・リポート』に似ていますが、それと比べると映像的な楽しみは皆無です。最後のどんでん返しもたまにこういうやり方をする映画がありますが、どれも観客をコケにするだけ。『レポゼッション・メン』見るぐらいなら、タンタンメン食べた方がお得。

『タンタンの戦い』じゃなくて、『タイタンの戦い』(2010年)もぱっとしません。CGがいくら進化しても、見せ方が下手では面白くありません。旧作の『タイタンの戦い』の方がワクワク感ありました。

『小さな命が呼ぶとき』(2010年) 邦題はぱっとしないものばかりですね。実話ものなんですが、普通の難病ものでもありません。新薬の開発にかかわる人々の様々な立場から生ずる確執を描いたものと言えるでしょうか。評価は邦題に見合ったものです。

『ゾンビーランド』(2009年)は評論家の好評で見たもの。もともとゾンビものは苦手。しかも、反吐(へど)はきまくりだし、殺しまくりだし。これはゾンビものというよりはロード・ムービーです。四人がそれぞれに失っていたものを回復していくようなお話。僕はロード・ムービーもあまり好きじゃないですが、ゾンビもロード・ムービーも好きだという人には受けるかも。でも展開はかなり単純ですぞ。

四人のメイン・キャストのうち一人は子どもです。銃を撃ちまくっています。『キック・アス』(2010年米)でも子役が殺しまくっていましたが、アメリカではR指定でした。18歳以下は見れないのに、どうして演技はいいのだ?

タイトルを忘れてしまいましたが、子どもが連続殺人を犯すのも最近ありましたよね。実は子どもではありませんでした......というオチだったんですけれど、気分悪いです。

ヌード規制あるけれど、暴力には甘い。日本もアメリカも同じ文化のようです。


【今月のドラマ】

『龍馬伝』 『龍馬伝』
2010.1〜 演出:大友啓史 ほか  脚本:福田靖

ずいぶん久しぶりに見ている大河ドラマです。前に見ていたのはいつだったか調べたら『武田信玄』(1988年)以来でした。ちょうどこの年は大学生に戻っていた時期でした。見る暇があったわけですね。

その前は『国盗り物語』(1973)。記憶が正しければ..(^_^)..ほとんど見ていないということですね。『武田信玄』の翌年は『春日局』で大原麗子さんの主演。今から思えば見たかったな。もちろん春日局ではなく、大原麗子さんを。

龍馬にはさほど関心がないのですが、真木よう子さんがお龍をやるということで見始めました。不純な動機ばかりです.......(^^ゞ いやいや純粋な動機です。

真木よう子さんのファンでもないのですが、これは面白い組み合わせになるんじゃないのと期待。実際、これがいいんです。登場シーンはほとんどないですけどね。

久しぶりに見た大河ドラマはこんなに進化していたかと当初はびっくり。映像の臨場感がまるで違う。役者に同情したくなるようなシーンも頻出。しかし、これは進化ではなくて今回の演出が今まではとは異なる方針にあったようです。

演出の大友啓史は「映像表現のすべての基本はリアリティー」と語っています。すべてとは思わないけれど、かなり正しいです。

日本のドラマのほとんどがダメなのはまさにリアリティーの欠如。特にコメディーになるとリアリティーなんて関係ないといわんばかり。コメディーを支えるのはリアリティーだと思うのですけどね。

だから僕は三谷幸喜を評価しないんでしょうね。ドラマ『結婚できない男』での夏川結衣の怒りが面白かったのは、彼女の怒りのリアリティーです。

しかし、大河ドラマはちっとも話が進まない。見ていて退屈になってきます。48回もいらない。24回でお願いします。

話が始まってからタイトルが入るドラマがたくさんありますが、このドラマもそうです。タイトルが終わってから見るというスタイルの裏をかいているのでしょうが、こっちには時間の無駄。電気の浪費でもある。

大河ドラマはこのタイトルのシーンがめっぽう長い。一眠りできそうなぐらい....zzzz.....あれ?ニュースやってる。



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