プリオシン海岸  プリオシン通信

日本残照

長すぎた夢


小女子の天日干し
小女子(こうなご)の天日干し


麗らかな春の日差しを感じた月初め、浜にはごらんの風景がありました。こちらでは「コウナゴ」と言いますが、「イカナゴ」の異称だそうで、マスコミはイカナゴ漁と報じます。昨春は不漁でしたが、今春はまずまずだったようです。

先日から気候が真冬に戻りましたが、春はすぐに駆けてくるのでしょう。何もかも前向きになる春です。でも、日本は後ろ向きのまま。

民主党政権の支持率は落ちるばかり。なぜ支持されないことばかりやり続けるのか不思議なことですが、昔からこれが直らないのも政治の常道です。

政権交代を長年夢見続けてきたけれど、夢も見ているのが長すぎました。賞味期限が切れてしまった夢を食べてくれる貘もいないようで、寂しい限りです。

野党自民党のネキストと目されている小池百合子氏が「民主党政治は社会主義だ」とTVで批判していましたが、現状を未だに古くさい「主義」でしか語れないのでは、自民党にも期待はできません。というか、とっくに賞味期限が切れている党です。

また新たな閉塞の十年が始まったと覚悟するしかなさそうです。

僕の気分も晴れないので、今月はここ1年ぐらいの間に書いたことの後日談というか、その後の展開から始めます。

議論するオバマ大統領 日本のみならずアメリカも閉塞気味ですが、「Oh,no!」で取り上げたマイケル・ムーア監督の『シッコ』で話題にしたアメリカの国民健康保険が先日ようやく一歩踏み出したようで、アメリカ人には余計なお世話でしょうが、「おめでとう」です。

アメリカには金持ちの寄付文化はありますが、国が貧者を支えるようなことをやるとすぐさま社会主義と批判が飛んできます。アメリカの影響を強く受けている日本や韓国にも同様の風潮が見えますね。

『シッコ』 しかし、「社会主義!」と叫ぶアメリカ人の基準から言えば、日本は言うまでもなく欧米諸国もみんな社会主義国になってしまいます。彼らは「自分たちだけ違う場所にいるなあ」と思うことはないのでしょうか......(^_^)

「社会主義!」と批判できるのは生活に余裕があるからで、明日の生活に困っている貧者は社会に支えてもらうことを「社会主義!」と非難したりはしません。自分は交通事故に遭わないという思い込みと同じで、自分が貧者になることはないとうぬぼれているのでしょう。

社会のセーフティネットたる保険と社会主義は別ものです。

右がスティーヴ・マーティン アメリカではアカデミー賞授賞式もありました。やはり『アバター』は話題にはなっても人気はなしでした。司会のスティーヴ・マーティンがパッチワークだったか何だったか、そんな意味のことで揶揄(やゆ)していましたが、やはり映画を見ている人はそう感じてしまうんですよね。

そして、「鯨はほえーる」で取り上げた『ザ・コーブ』がやはり長編ドキュメンタリー部門で授賞しました。これで日本での公開も決定したようですので、見ないで批判してきた人たちにも「おめでとう」です。これで正当な反論ができる足場ができます。

ところが、太地町や太地漁協は上映中止を政府に求めているそうです。そんなものを政府に求めること自体が理解しにくいところですが、立教大学は抗議を受けてすでに上映中止になりました。

産経ニュース(産経新聞社)は「イルカや鯨を食べることは他の魚や肉を食べることと同じはずだが、映像を武器に感情論で批判するのが反対派の常套手段だ」とコメントしていますが、こんな国内の状況では「『臭いものにはフタ』を武器に感情論で批判するのが日本人の常套手段だ」と批判されてもしかたないのでは?

そもそも映像というメディアを使って議論を俎上にのせようとするのは真っ当なやり方。マスコミでも個人でも問題提起する時に普通に使われる手法です。何も論拠を示さずに勝手なことを言うな!ではお話になりません。

日本鯨類研究所ロゴ 捕鯨問題を取り上げた時に日本鯨類研究所も参照しましたが、トップページはシー・シェパードのサイトかと見紛うばかりの有様。

シー・シェパードが調査船を妨害している写真で埋め尽くされていました。調査の成果はどこに載っているの?と探さなければなりらないようなのが研究所のサイトとは!今見たら写真はすべて消え、見出しだけになっていましたが、未だに3/4はシー・シェパード関連の見出しです。

日本人はコミュニケーション能力が著しく劣っているために、反論の仕方もわからないらしい。さすがにシー・シェパード広報、あるいはゴミ溜めサイトと間違われると批判されたのか、思ったのか、写真だけ引っ込めた?

そしてご丁寧に「※ マスコミの皆様へ;これらの映像はご自由にお使いください。」と添え書きがしてあります。産経新聞社は使わないだろうな......(^_^)

日本人だけ映画を見ないで、頬をふくらませてむくれているだけでは正当な反論や批判をする資格がないばかりか、相手にその思いが届くはずもありません。NHK大河ドラマは今「攘夷」を描いていますが、日本の開国はいつになるのでしょうか。

そして、僕が批判していた朝日新聞社説も14日にやっと筆を執りました。「クジラ摩擦」です。主張は「鯨はほえーる」で書いた僕の意見とほぼ同様です.

ところが、「国際捕鯨委員会で粘り強い合意作りへの努力を重ねることがなにより大事だ」なんて結論ではただの現状追認。何の成果も生んでいないことを続けて何になるのでしょうか。捕鯨支持読者に遠慮して思いっきり腰がひけているじゃないか......(`_´)

日本はクロマグロ規制反対の票を集めるために当地の大使館で各国代表にクロマグロをたくさん振る舞ったそうです。これが見事に功を奏して否決。同様にクジラ料理の晩餐会をやりましょう。もしそれができないなら、日本に勝ち目のない闘いだという証明です。

週刊ポスト4月9日号 今週は週刊ポスト(小学館)4月9日号で作家、村薫氏が問題提起しています。表紙には「捕鯨問題では、なぜ"文化の違い"にあぐらをかき、"科学データ"で世界を説得しないのか。ニッポンの過剰な「食の自由」は、いつまでも続かない」と出ています。

さすがは作家。「"文化の違い"にあぐら」とはうまいことを言う。残念ながらまだ本文を読めていません。自転車で気軽にいける最後の書店が今月とうとう閉店して、書店に行くには車が必要になってしまったからです。

鈴鹿は田舎であってもド田舎ではありません。人口では三重県では四日市に次いで2番目の市です。しかし、文化的なものはどんどん消えていっています。都会との文化格差は広がるばかりで、まさに文化的にはド田舎ド真ん中です。このままでは「文化の違い」が生じますよ......(^_^)

情報から買い物までインターネットが頼りの有様。政府は鯨の肉より本が買えるようにしてくれませんか。ドラマ『家なき子」風に言うなら、「鯨肉売るなら本を売れ」です。こちらの方が日本の未来にずっと必要なことだとおもうのですが。

田舎では図書館もなく、子どもが本を読めるのは学校か本屋さん。教育費最低の日本の学校図書館なんて今でも古くて貧弱なはず。気軽に立ち読みができる書店もない田舎の子どもたちは、日本の夜明けにどうやって参画すればいいのでしょうか?

話を戻します.......(^^ゞ 村薫さんは少なくとも「文化の違い」の無効性を語っていることは間違いなさそうです。僕は「鯨はほえーる」で自分の意見は少数意見とは思えないと書きましたが、嘘じゃなかったでしょ。まあ、ひとり増えただけですけど.......(^^ゞ

鯨肉店に有名人が集っていることにも触れましたが、有名人も舌鼓を打つばかりでなく、高村さんのように言論の鼓も打ち鳴らしてほしいものです。僕がここでいくら吠えても、ネズミの遠吠えにしかならないんだから。

同じネズミでもミッキーマウス君が吠えたら、すごい反響になるでしょうね......(^_^)

巷にあふれる食材は世界中から掻き集めてきたものばかりです。ここはローマ帝国の中心ではなく、極東の小さな島国。身の丈に合った生活をそろそろ思い出していい頃です。これから10年はまた閉塞の日本なんですよ......(^_^) 笑っているばあいじゃないけどね。

新興国や第三世界が発言力を増す中での日本の退潮は、こうしたコミュニケーション力の弱さに起因しているところが大きいように思えます。僕を筆頭に...(^^ゞ...日本人の英語が上達しないのもきっとこれが理由です。

殊に捕鯨問題にかかわる関係者がほとんど男であるということも大きな障害です。なぜなら男は女に比べてコミュニケーション能力が劣るからです。言語能力自体も劣る。戦争が起こる大きな原因の一つです。このことについては2009年1月の「マリア様」を参照ください。

学生時代、英語の得意な女性の発音の良さに驚かされることがありませんでしたか?日本生まれの日本育ちなのに、なんでネイティブのような発音ができるかなあと舌を巻いたものです。そして、その巻き舌でRを発音してもやっぱりジャパングリッシュ......(ToT)

先日、NHK教育で吉本隆明の講演が放送されていました。もっともこれはかなり前の再放送だったらしい。見事に老いた吉本さんのテーマは芸術言語論。やはり晩年(失礼かな?)までこだわり続けるのは言語なんだなあと妙に納得。

吉本隆明著「「芸術言語論への覚え書き」 言語には沈黙とコミュニケーションがある。沈黙は自己表出で例えれば幹と根で、コミュニケーションは指示表出で、枝葉というべきものだ。言語の本質はコミュニケーションではなく、沈黙の方にある。

まあ、いいかげんな文で申しわけないけれど、そんな話がありました。

プリオシン海岸で取り上げてきた言語論は言うまでもなく前者に当たります。社会的には言語はコミュニケーション現象として表れることになるためこちらが重要視されるわけですが、言語の本当の力については僕も吉本さんと同じ思いでいるわけです。

僕は最近になって、言葉はコミュニケーションのための道具として発明されたのではなく、考えるための力として生まれてきたと考えるようになっています。僕が尊敬しない筒井康隆は「人間は、考えるアホである」と言っていますが、まさにその通りです。アホであるがために、考えるための力として言語が発生したのです。

言語は言葉として表出されるだけでなく、行動や身体でも表出されています。そして言語は考えるための力となっているわけですから、考える動物には普遍的に備わった力であるということも可能なのです。これが鳥は人としゃべれるよ、鯨と鯨も話しているよという根拠なのです。動物は本能仕掛けの装置にすぎないと思っている人にはとうてい理解できないアホな仮説ですけど......(^_^)

ヨウムと人間が会話していることは厳然たる事実ですし、ボノボのカンジの研究ではボノボ同士が情報のやりとりをしていることもわかっています。そのうち証明される仮説だと思います。ただし、今の「言語」という定義の範疇からはみ出る部分があることも間違いないでしょう。

イルカが知りたい―どう考えどう伝えているのか (講談社選書メチエ) 毎月グッドタイミングなことがありますが、今月の「ちょうど」は、「爆笑問題のニッポンの教養」でした。たまにしか見ない番組なんですが、昨夜はちょうどイルカとの会話を研究する村山司教授の登場でした。イルカとの会話と言えば、ジョン・C・リリーの研究を何度か取り上げています。SF映画選でも「アルタード・ステイツ」で触れました。

カンジ リリーの研究は成功しなかったので鯨類との言語コミュニケーションは当分不可能だなあと思っていましたが、村山氏は10年後を目標に今当たりをつけているところです。ヨウムのアレックスは英語での音声会話、ボノボのカンジは英語での特殊キーボードですが(聞き取りは音声でOK)、シロイルカのナックは日本語での音声会話です。ただし、アレックスのように人間同士の会話と変わらないコミュニケーションではありません。

アレックスのように人間語の発声はできないからです。そこで翻訳という作業を取り入れたところが新しいと言えるでしょうか。例えば、外国人同士がある物を指さして言葉を言い合う。それでお互いに意味を同定しあうわけです。これが翻訳です。そうやって人間の言葉を教えるだけでなく、イルカ側の言葉も知ることができるわけです。そして、この成果は人工言語へと導かれます。村山氏とナックはすでに20年の付き合い。村山くん。成功を祈る。

『イルカの日 The Day of the Dolphin』 村山氏がこの研究を志したのは高校生の時です。それは映画『イルカの日 The Day of the Dolphin』(1974年アメリカ)を見た時です。僕も当時映画館で見ました。当時からイルカ好きだったのがこれでわかります。当時はイルカは特に賢い動物と思われていました。今では他の動物の知能の高さもわかってきたので、特別視はなくなりました。リリーが研究していた時はイルカは花形選手だったのです。

リリーの失敗や鯨類の人気化で、今では欧米でイルカの研究は困難になっています。虐待批判が起こるのです。イルカの研究さえも難しくなっている中で、イルカを食っている日本が憎らしいのは致し方ないですな。まるでマンガのような構図です。

『イルカの日』という映画は海洋学者の主人公が人間と会話ができるようになったイルカを武器にして大統領を暗殺しようという陰謀に巻き込まれていくお話です。やはり、かわいいイルカを人間魚雷ならぬイルカ魚雷にするなんて許せないというものです。

今日の朝刊には小学教科書の記事がトップ。全教科で言葉学習を強化しているとか。

長年泥舟のような自民党にすがってきた国民は政治家を育てることができず、今その報いを受けています。僕たちは長らく心に響く言葉を持った政治家を一人も持っていません。これこそが政治の貧困さの現れ。そして、吉本さんが言うところの「沈黙」の言葉がやせ細っていることの現れ。

年明けに、子どもの何気ない一言が新聞に載っていました。

ママがぼくのほっぺを「ぷくぷくね」とほめてくれたのでほめ返した。「ママのおなか、ぷにゅぷにゅね」(3歳)

イワシのかば焼きをぱくぱく食べていたら、ママに「ほんまに魚か好きやなあ」と言われた。「ええっ、かばって魚やったん?」(8歳)

ママが手紙を出す時に、切手をなめてはっていた。「どうして人間の舌からは、のりが出るの?」(4歳)

一番すきだったのはこれ。

朝寝坊の理由をママに説明した。「夢が長すぎて、起きれなかったんだよ」(6歳)

こういうウイットに富んだ話も子ども同士の会話なら「ふうん」で終わりです......(^_^) 相手が大人であってこそ生きることば。相手を求めることばの芽。ここにコミュニケーションの本質があります。人を幸せにすることばの力です。 

子どもたちのことばが太い幹となり、枝となり、言葉を茂らせますように。



【今月の映画】

『シャッター・アイランド』 『シャッター・アイランド Shutter Island』
2010年 138分 アメリカ マーティン・スコセッシ監督

タイトルもポスターもB級のホラー映画みたいなので見たい気がしなかったのですが、スコセッシだし、ディカプリオだし、キングズレーだし、敬遠できないなと見ました。ミステリーというよりはサイコ・スリラーっぽいので楽しい映画ではありませんが、落としどころが見事。原作がよく出来ているのでしょうが、脚本もいい出来です。それに比べると映像が今ひとつ腑に落ちないのと、不条理な結末のシーンにもうひと工夫ほしいスコセッシでした。まもなく日本公開です。

そして、ギリシャ神話ものは案外好きなので見た、今公開中の『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』。ありきたりの展開、映像でつまりませんでした。このクリス・コロンバス監督のハリポタも僕は全然ダメなので、気が合わないのでしょう。ハリポタで気があった方はどうぞ。



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