プリオシン海岸  プリオシン通信

日食と肉食

隠されたもの


1992年12月の部分日食


まもなく皆既日食ですね。日本で見ることができる皆既なので、以前は仕事を休んででも行くぞと決めていましたが、日本の南端なのでお金がなければ行けません。貧乏足なしです。

上の写真は月のように見えますが、1992年12月24日の部分日食です。月のひんやりとした輝きとは違う光を放っています。撮影は朝の8時24分です。雲の多い日でした。

280mm望遠でこれだけの大きさに写ります。最近のデジカメは望遠倍率がかなり上がってきているのでほとんどのカメラでそれなりの写真が撮れるのではないでしょうか。ただし、どうやって減光するか考える必要はあります。

今月22日の日食情報は下記のリンクで見てください。

国立天文台 皆既日食の情報 http://www.nao.ac.jp/phenomena/20090722/index.html

2012年の金環日食、本州でも見られる、たぶん人生最後のほぼ皆既日食を楽しみにします。晴れなかったら、きっと悶死してしまうこと間違いなし......(^_^)

地球に落ちる月の影 左の画像はフランス国立宇宙センター提供の1999年の日食時の地球に落ちた月の影です。ロシアのミールが撮影したものだそうで、朝日新聞に掲載されていました。やはり月と地球はかなりの距離があるので、輪郭がかなりぼやけています。

フランス国立宇宙センターのサイトは英語版もあるので、関心のある方は「CNES」で検索してください。

野外で望遠鏡をのぞくだけの関心と気力はもうないけれど、せめて部屋から見れるようにしたいと思ってきました。家の中で三脚を広げることはできても、そんなことしたらかなりの面積を占有してしまうんですよね。

今は段差のない家に住んでいるので、コロコロ家の中を移動できるものにすれば、月や鳥ぐらいは見ることができます。

望遠鏡は星空を観る顕微鏡ですから、架台も精密さが要求されます。そんなころころ丸太を転がすようないいかげんな架台は売られているはずもありません。

しかし、こっちとらいいかげんな観測者なのです.......(^^ゞ

そんなワガママなアナタのために作りましょう、ということで考え出してかれこれ1年以上。金さえかければ簡単だけど、格安なアイデアが浮かばない......(ToT)

1本脚の丸太で架台を作り、それにキャスターを付けるというオーソドックスな考えで始めましたが、そんなおあつらえ向きの丸太が見つからない。おまけに丸太では切断面が小さくて取り付けが不安という問題も。何しろ載せるものはバランスウェイトを含めて合計20kg近くなるのです。

それを可能にするようないろんな材料を探してはみましたが、結局見つからず。一番の問題はどうやって赤道儀を載せるかです。

そこで1本脚を捨て、2本脚にしました。あら、これは簡単。発想の転換というヤツですね。加工もしやすいし、第一安上がり。

ほんとうはそれなりに大変だったんですけどね。使い勝手がいいように複雑な加工をしたので板が割れたりとか、赤道儀が着脱可能になるような金具を探して、何回も買い直したり。

結局、複雑な加工を諦め、三脚を分解してその部品を組み込んだりして作り上げました。工作は誤差0.5mm以内を目標。老眼にはキツイ。

望遠鏡コロコロ架台 出来上がりは写真の通り。高さは僕の身長ぐらいあります。赤道儀には水準器が付いていて、これが見事に目盛りど真ん中。これなら北極星を導入するなりして極軸を合わせればちゃんと天体観測ができる精度になりました。

ただし、地震があれば真っ先に倒れそうなヤツなので、どこかに係留しておく必要がありますね。今度は港探しだな。

やっぱり僕って自然とか動物とか好きですよね。

4年まえに電信局で『天才!志村動物園』のパン(チンパンジー)とジェームズ(ブルドッグ)の「おつかい」に触れたことがあります。動物行動学の観点からとても面白い側面が見えたからです。

その後、このパン君のタレント扱いにいろんな批判がなされていることは知っていましたが、最近パン君の施設が動物園協会から改善が見られないと退会させられたそうです。

この二匹の「おつかい」コーナーがなくなってから、僕にはもう以前ほどには見ない番組になっています。「カワイイ」を追求する番組姿勢にはやはり大いに問題ありです。

動物の動きにはすべてカワイイ効果音が付け加えられ、飼い慣らされた動物の姿しか見えてきません。タイトルが「動物園」だから、タイトルに偽りなし!です。でも、近頃の動物園の方向とはまるで違う。

この番組が今も同じ構成だったら、冒頭ではいつもクイズがあって、正解者にはやたら高価な美味しい肉料理がふるまわれます。カワイイ、カワイイと騒いだ後は、オイシイ、オイシイですか?そんなギャップを乗り越えられる精神力はお見事。

しかし、それは血を想起するという簡単な想像力さえ欠如している、お粗末な精神力です。

今の日本人は生活が大変だという割にはグルメ番組花盛りで、市井の人々も美味しいものを求めてやみません。

野生のスズメの平均寿命は1年ぐらいだそうです。スズメと仲良くなっても、来年庭にやってくるスズメは別のスズメだと思うと寂しいものです。では、豚の寿命は?家畜である豚は生まれてから約10ヶ月で屠殺されます。

0歳のまま殺された肉を前にして、美味しいだの不味いだの言っているのが僕たちです。時々僕はこんな法律ができたらどうだろうと夢想することがあります。

第2章9条 肉を食する者はその対象たる動物を自ら屠殺しなければならない。

 レストランに行ってステーキを注文します。
客 :「レアでお願いね」
店員:「かしこまりました。ではお客様、店の裏へお回り下さい」
 店の裏にいくと、屠殺銃を渡されて
店員:「暴れさせないように一撃でお願いします」

という世の中になるのです。もっとも屠殺銃は失神させるだけなので、その後殺す処置をしてもらうことになります。それを乗り越えてまで食べたいという日本人は今やほとんどいないでしょう。女性では牛ではなく、自分が失神してしまう人もいることでしょう。

もちろん僕も法律施行直後から菜食主義者になります。

近頃は苦痛を与えない屠殺方法になってきているようですが、それでも手を血で汚さなければならないことに変わりはありません。

映画『ノーカントリー』ポスター シガーが持つ屠殺銃 映画『ノーカントリー No Country for Old Men』(2007年米)の殺し屋シガーはガス式の屠殺銃を使っていたので、これで屠殺銃を知った人もいるかも。人はそれがなにか分からず、あっけに取られている間に殺されてしまう。

屠殺に失敗して暴れた牛に向かっていって死んだ知り合いがいますが、肉を食べるという行為はほんらい命がけのものだったんですよね。

この春、新型インフルエンザで大騒ぎしましたが、ウイルスが進化し続けている現場は劣悪な環境の家畜工場です。家畜工場の中には劣悪なところがあるという意味ではなくて、家畜工場はすべて劣悪な環境下にあります。

それは家畜には人のような精神はないから押し込んでも大丈夫という前提で作られているからです。だから、インフルエンザは家畜たちの復讐なのかも、と思う時があります。

屠殺と死刑は似ています。そのひとつはどちらも隠されているということです。

辺見庸が日本の死刑制度をめぐってこんなことを書いていました。

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世界というよりもっぱら世間にぞくする私たちは、がいして悩むことのできる悩みしか悩まない。耐えることのできる悲しみしか悲しまない。おのれの"苦悩容量"をこえる巨きな悩みや悲しみをわれわれは無意識に〈なかったこと〉にしてしまう傾向がある。
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そんな力(?)があるからこそ肉が食べられる。もう少し話を広げれば、絶望を回避して生きていくことができる。辺見はまたこうも書いて話を閉じます。

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同居する犬が死んだら私はたぶん、さめざめと泣くであろう。しかし明朝だれかが絞首刑に処せられたのを知るにおよんでも、悩乱をつのらせることはあれ、涙を流すまではすまい。私もまた悲しむことのできる悲しみしか悲しんではいないのだ。今日もまた私はふうふういいながら左手で犬のトイレを掃除する。犬と眼が合う。私はなごみ、同時にぞっとする。日常がこれでよいわけがない。そう自答する。
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死刑制度に反対すると、遺族の前でそんなことが言えるか!という正論めいた暴論が飛び出す。遺族が復讐を望むのは致し方ない。しかし、死刑制度は復讐制度ではない。

僕たちの社会はとうに復讐を捨てたはずなのに、なぜ極刑だけ死刑という復讐が許されるのですか。

屠殺が隠される理由は肉食をやめたくないから。同様に死刑が隠される理由も死刑制度をやめたくないから。

死刑は「国家による殺人」と呼ばれたりしますが、それはまやかし。責任を抽象的概念である国家になすりつけてはいけない。この民衆による人殺しを公開すると、ほとんどの人は死刑に耐えられなくなる。

しかし、遺族は望むところだと歓迎する人もいることでしょう。世間は当初「遺族は犯人を殺して復讐を果たした」と見てくれるでしょうが、徐々に「遺族は人を殺した」と短絡するようになります。しかし、この短絡は残念ながら事実でもあります。

今の日本には公開処刑を見せ物のように楽しむ猥雑さがもはやありません。日本で8割ぐらいだと言われる死刑賛成者は、ほぼそのまま反対者にスライドしていくことでしょう。

そして今度は遺族が「人殺し」という偏見に晒されて、幾度も傷つくことになるでしょう。また書きますが、実は「偏見」ではないところが辛いところです。

被害者の関係者以外の社会人は別の場所に立たなければならない。そしてやはり死刑制度を維持するというのであれば、裁判員制度に倣って死刑執行人も抽選で選ぶべきだと思う。

人権などという言葉がまだなかった世界で、人々は確かに処刑を楽しんだ過去がありました。しかし、西暦724年に死刑を廃止した国がありました。

お伽噺のようですが、それは日本という国でした。聖武天皇が「死者また生くべからず(罪人を処刑しても死者は生き返らない)」として、死刑を流刑に減刑する詔を出しました。818年に嵯峨天皇が正式に廃しました。そして、その後3世紀半続きました。聖武天皇の言葉どおりの意味だけでなく、祟りを畏れたとも考えるのが自然ですが。

学校で歴史を習っている時に、この時代にどうして流刑なんて見方によっては寛大な罰で済むんだろうと常々疑問に思っていましたが、こんな背景があったんですよね。こうした不都合な歴史もまた学校教育では隠されるのです。

日食が見られない悲しみなどなんでもない。肉食を絶てない悲しみに比べれば。肉食を絶てない悲しみなどなんでもない。石として生きることができない悲しみに比べれば。

だからこそ、日食の陰と光がこころにしみる。

2009-07-05


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