プリオシン海岸  プリオシン通信

マリア様

♪女のため世界はあるの〜


ツバキの中のメジロ


今冬も庭にメジロがやってきています。今朝は雪がちらつく中、つがいのメジロが椿の蜜を楽しんでいました。あんたはあっち、あたしはこっちと言い合っているかのように枝を分け合いながら、せわしげに飛び交っている姿。可愛くて美しい。

アメリカ大統領就任演説を初めて中継で見ました。初の黒人(アフリカ系)大統領と言っても白人とのハーフだけど、血の一滴でも黒人の血筋があれば黒人として扱われてきた「ワン・ドロップ・ルール」という歴史があるのでやはり黒人なのだそう。オバマ氏自身も自分は黒人だと言ってますね。

I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.
私には夢がある。それはいつの日かジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷所有者の子孫が同胞として同じテーブルにつくことができるようになるということ。

言うまでもなくキング牧師のスピーチの一説。十代の頃に原文を読んで感動した覚えがあります。スピーチというより、詩を朗読しているような格調高さ。

I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character.
私には夢がある。それは私の四人の幼い子どもたちがいつの日か肌の色ではなく人格そのものによって評価される国に住めるようになるということ。

黒人が大統領に就任というのは命懸けで声を上げてきた黒人のひとつの成果だと思えるから、「頂点ばかり見るな。底辺を見ろ」と言われてもやはりそれなりに感慨があります。日本ではいまだひそひそ声だけに。

オバマ氏もそのうちに失望の声が聞こえてくることは避けられないだろうけど、世界中が期待したスピーチを、格調のある名文句を散りばめたものではなく、淡々と政治信条を語るものにしたところに彼のsmart(かしこい)ぶりがうかがえました。アメリカのためだけでなく、世界のためにいい仕事をしてくれることを願う。

そして、次は女性大統領というもうひとつの目標をアメリカは持っている。オバマ氏も女性の権利擁護を公約にしていますよね。

チェチェン共和国で2008年の昨秋、7人の若い女性が頭を撃たれて路上に捨てられるという未解決の事件があるといいます。売春に関係したという汚名のために親類に粛正されたという情報があるらしい。なぜそんな話が出てくるかと言えば、そういうことが普通に為される風土があるからです。

イスラムの伝統を重んじるチェチェン大統領は「不義を働いた女性を殺した者は裁かれるべきか」と問われて、「ニェット(いいえ)」と答えたそうだ。

『ナザレのイエス』 先日『ナザレのイエス』という古い映画を見ました。6時間の長編なので、イエスものとしてはかなり丁寧に描いてあります。昔に一度見ているけれど、例の如くでまるで忘れていた.......(^^ゞ

マグダラのマリアのエピソードも当然あります。マグダラのマリアも聖人に列せられているので聖マリアと呼ぶべきだけど、なぜかそう呼ばれない。映画界では「罪深い女」と同一視して娼婦として描くのが通例なので、聖書に書かれてある通り、民衆から石で打たれそうになります。同一視した方がドラマチックになるからだろうな。

ナサニエル・ホーソンの『緋文字』も忘れがたい。こちらはアメリカのピューリタンのお話でした。不義をなした咎で死ぬまで上着の胸に緋色の文字で「A」を縫いつける罰を受けた女性ヘスター・プリンが主人公。もちろんA評価じゃないですよ。A=adultery(不義)ですが、終わりにはこの「A」の意味が違うものに変わっていくという名作です。どんな意味かって?読んでください。ちなみにデミ・ムーアの映画『スカーレット・レター』(1995年)は筋がかなり変えられています。

『緋文字』初版 ホーソンは先祖が判事としてが魔女裁判に関わっていたことの罪の意識からこうしたテーマの作品を書いたらしい。それはアメリカでは有名なセーラムの魔女裁判で、少女たちの占い遊びから始まった騒動は2百名を超える逮捕者を出した最大の魔女裁判に発展してしまいました。なんと死刑宣告30名のうち絞首刑などで22名が死んでいる。

欧米では不義、そして噂話や夫との口論などの言いすぎの咎で「水責め椅子」の拷問というのもありました。この拷問は男が対象になることもあったそうですが、基本は女性。数百年にわたって広く行われていました。

水責め椅子 夫に逆らう妻への懲らしめであり、椅子に括り付けられて水に浸けられる拷問ですが、拷問というより見せしめの刑です。観衆を前に死なないかぎり一日中続けられるのだそうです。アメリカでは19世紀末まで続けられました。(画像:ディスカバリー・チャンネル)

パキスタンの一部地域ではタリバーンの脅迫で女子校が閉鎖に追い込まれています。タリバーンにとっては女子教育は反イスラムだ。7年以降すでに120校が放火されているという。男子校も50校放火されているそうだけど。

『アイ・ラヴ・ピース』 忍足(おしだり)亜希子が主演した映画『アイ・ラヴ・ピース』の上映会がアフガニスタンでありましたが、観客は男ばかりだったそうです。アフガニスタンはかつてタリバーンが支配していましたが、女には今でも世間へ出る自由はない。まあ、我が村の自治会も集会はほとんど男ですけどね。

いろいろと例を挙げるまでもなく、女は昔から多くの社会で酷い目に遭ってきた。そう言えば、1999年と2000年にも有吉佐和子の『最後の植民地』について触れたこともありました。

------------------(一部を抜粋)
電信技師(620) 投稿日:1999年12月27日
エジプト人から聞きましたが、娘が未婚で処女をなくしたら、一族の恥ということで殴殺することがあるそうです。そうするのが普通で、警察も自殺とかにして片づけてくれるとかそのエジプト人は言っていましたが、今でも信じられません。眉唾話にしたままにしておきたい。
有吉佐和子だったか「最後の植民地」も僕には衝撃的でした。
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その時から10年経つけど、残念ながらちっとも眉唾ではなかったわけで、今でも厳然と存在する習俗ということがわかってしまいました。「名誉の殺人」と呼ばれているらしい。ちなみに関係した男にはお咎めなしです。もちろんイスラム教で規定されているものではありませんし、イスラム教国だけの習俗でもありません。

国連人口基金によると、名誉の殺人の死者は推定年間5千人。中東、アフリカ、南アジア、欧州、南米とほぼ世界中で報告されている。証拠がいらないので、夫の不倫隠しや恨み等、犯罪隠しに悪用されてもいるというからたちが悪い。パキスタンでは昨年472人が殺され、しかも、警察幹部は半数は無実と話している。

「殺すなかれ」と十戒にあるのに、そこから生まれたユダヤ・キリスト・イスラムともに殺し合ってきました。仏教や神道とは異なり、一神教徒は信仰に対する熱情がとても強く思えるだけに、人間とは本当に業の深い生き物だと思えます。仏教も同じく殺生戒があるのに、人を殺し、肉を食べて暮らしています。神道もたぶん仏教から殺生戒を取り入れて穢れとしていますね。

日本はこんな差別がなくていいなあと思う人もいるかもしれないけど、社会の暗部ではなく、むしろ表であるTV界を見てもわかることがあります。妻帯者の島田紳助が浮気を公然と擁護、または推奨しても売れっ子であり、独身の山本モナはこっそり妻帯者と逢瀬しても謹慎処分になる。この違いは区別ではないでしょうな。男のゲイはタレントとして活躍できるが、女性のゲイは芸能界に出てこれないというのもある。

男は女に比べて犯罪者が圧倒的に多いです。性犯罪に至っては比較にもならない。痴漢という女性を含まない言葉からもそれは知れます。もっとも日本では売春は法的には犯罪なので、これを含めると逆転するはずだけどね。売春も同じ相手と続けると愛人と解釈されて無罪放免。いかにも法律らしい。

男という生き物は女に比べて子ども時代は育ちにくく、大人になると馬鹿が多い。そんな劣等感を無意識のうちに感じていて、女を畏怖しているところがある気がする。だから魔女なんて作り出す。怖いから女がのさばらないように痛めつけておかなければならないわけかな。

旧約聖書はアダムからイヴが作られたというけれど、生物学的にはその逆であることは今では常識になっていますよね。やはりこの聖書の影響下にあるユダヤ・キリスト・イスラムともに女性には厳しい。

『女と男』 NHKスペシャルで放映された『女と男』。そのタイトルは男尊女卑を意識して入れ替えているのではなく、生物学的な意味合いを帯びているような気がしました。

昔、日本の教育は男女を分けたが、アメリカの学校では分けませんでした。それが今ではアメリカで男女別のクラスが作られている。男は競争心が強く働く、女は助け合う気持ちが働くとか、そういう傾向をうまく利用して活かすのだとか。

女同士でも競争心があるし、女に厳しいのも時として女、だと思いますが、男は明らかにコミニュケーション力が女に劣るので、競争するとケンカになるし、気に入らないことがあると言葉にせずにすねるか、暴れる......(^_^) ほんとにオコチャマですなあ。

生物は遺伝子の乗り物という極論が流行った時があったけど、番組では遺伝子レベルで男の退潮が始まっているという。精液が薄くなり、精子自体も元気がないというレポートをずいぶん昔に読んだことがあります。特に日本人は顕著であるとか書かれていました。あの頃は化学物質による影響ではないかと言われていたが、どうもそれだけではないらしい。

番組によると、精子の減衰はあの頃からもっと進んでいて、チンパンジー精子との比較映像は恐ろしいほどの差。チンパンジーと比べたら人の精子は瀕死というより、死んでいるも同然。しかも人の精子は正常なものが2割以下だと言う。そもそもY染色体がもうボロボロで、500万年先か、明日かわからないが消失する運命にあるとか。あの晩期高齢者のような精子をみたら500万年先とはとても思えない。そもそもそんな先に人類が生き延びているとも到底思えない。

競うことから逃れられない男はいまだに世界中で戦争を起こしている。未来も人類は戦争を追放することができないのかと悲観したくなる現実だが、この番組を見ていつの日にか地上から戦争がなくなる日が来る予感がしました。それは男がいなくなる日がくる予感と同じです。

胎盤を作る遺伝子がY染色体に乗っていることから、男がいなくなったら女も子どもが生めないらしい。もはや卵で生むような進化に戻ることも難しい。しかし、僕たちはSF映画でおなじみ、水槽のような装置で胎児を育てることを知っている......(^_^)

遠い未来なら人間がそんなことを可能にすることは間違いない。生殖医療には倫理問題がつきまとうが、人の欲望には限りがなく倫理を捨てることは疑いない。もうすでに知らない男の精子を買ったり、他人の腹を賃貸して胎児を育てたりしてるわけだし。

今度生まれ変わったらこんな世界なのかもしれない。生まれてくるのは女だけ。男教祖の既成宗教は滅んでいる。恋愛とはレズビアンのこと。みんな仲良くしましょ。

日本のかつてのキリシタンの一部にあったように、世界的にも聖母マリアの方がイエスよりも信仰されている地域があるけれど、イエスを押しのけてマリア教が始まるのもそう遠くない未来かもしれない。

だって、聖母マリアは処女懐胎した人なのですよ。しかも、水槽の中でしか生まれない女だけの世界で、自分の胎盤で生んだ唯一の女。これほど相応しい人はいない。ああ、マリア様!

2009-1-24 Sat

(2012年2月追記) アメリカのホワイトヘッド研究所などの研究チームが2月23日付「ネイチャー」に発表した論文によると、男性であることを決める遺伝子を含む部分は2億5千万年前頃には変化が止まったらしいとしています。安心していいと言うのですが、それだと戦争で人類が滅ぶ危険性も高まったと言えるわけです。どっちにせよ、と言うか、そんなことよりも暴力をなくすための科学的な研究が発展してほしいものです。


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