プリオシン海岸  プリオシン通信

Oh,no!

新聞配達も命がけ?


今更ですが、マイケル・ムーアの『シッコ』をTVで見ました。

Sickoとは何?近頃は和訳しないタイトルが多いから困ります。日本人が普通思いつくのはやはりオシッコですよね。これでは中々劇場へ見に行こうという気にはならないよ。まして他国の地味な問題で、ドキュメンタリーなら尚更。劇場で見た人、アンタはエライ!

sickoを辞書で調べたら、予想通り良い意味じゃない。psycho(サイコ)みたいな感じの言葉だな。よく見ればsickにoが付いてるだけだった。オー(Oh)!.......(^^ゞ psych+oと同じなのね。ビョーキ。

『シッコ』 このドキュメンタリーはお薦めです。ムーアの前作『華氏911』はちょい期待はずれでした。今回相変わらずそのファッションは何とかしてくれというのはあるけど、この映画で彼は本来の力量を示している。彼の口車に乗せられたら危ないよというぐらい。

アメリカの医療問題を扱ったもので、外国との比較でそのシッコぶりをあぶり出そうとしているために、カナダ、英国、フランス、キューバの現状も紹介される。

『ブルワース』 『シッコ』は2007年の作品ですが、実は十年も前の1998年にウォーレン・ベイティが『ブルワース』という政治風刺コメディを製作しています。この映画でムーアの主張と同じようなことを、ベイティはラップにのせて幅広く、まさに言いたい放題という感じで歌いまくっています。

そして、残念ながら言い散らかしておしまいという感じが拭えないものでした。その点から言えば、『シッコ」はベイティが指摘していた様々な社会問題の中から医療問題だけに絞って掘り下げたものと言えるかもしれません。

アメリカの無保険は有名で、それに比して日本の国民健康保険制度は素晴らしいという自画自賛はよく耳にしてきたけど、この映画を見ると日本はやはりヨーロッパではなく、とてもアメリカに近いことがわかる。僕も若い時に2年間保険料が払えなくて無保険で過ごしたことがあるけど、今でもこの国で無保険の人はたくさんいるよね。

無保険がどんなに心細いことか。飯は二三日食べなくてもなんとかなるさと思えるけど、ケガしたり寝込んでしまったらと考えるだけで真っ暗です。僕はまだ若かったからなんとか2年をやり過ごせたけど。

先月末に無保険の子どもが全国で3万3千人と報道されていた。定額減税だか給付金だか知らないけど、そんなのやめてこういうところに税金を使ってもらいたい。介護や障がい者の自己負担金とかもね。問題が医療制度に顕著に現れているだけで、実は国の基本が問われている。

アメリカの民間保険会社の下で働く医者は、治療を拒否すればするほど評価があがり高額報酬を約束される。一方、イギリスでは医者の治療が有効であればあるほど報酬が上がる。

日本では有効・無効・有害に関係なく、治療すればするほど報酬が得られる。これはやっぱりシッコでしょ。故障を修理してもらって、直らなかったり、かえって壊れたりして金を払う人なんていない。もちろん治療法がなかったり、難病は別だけどね。

日本でも健康保険だけでは安心できないから、多くの人が民間の保険にも入っていると思う。僕も万一の時に近親者に迷惑がかからないように、入院と死亡、二つの保険に入っている。

国民保険だけで安心だったら民間の保険はいらない。民間の保険を税金に振り替えたら、医療費無料の安心なものが可能なのではないかと思う。じっさい僕が加入していた保険会社は破綻してしまい、今はそれを身請けした会社が経営している。とうぜん僕もその損害を受けた。

民間のややこしい保険で悩まなくていいし、破綻の心配もない税金の方が安心。そもそも国保も「国保税」という税金の一種なんだよね。無料になれな複雑な事務経費も不要になり、医療費の削減にも繋がる。イギリスでは医療費無料なので、病院の会計は低所得者が交通費を返却して貰えるところになっている。

何かを比較して論じる時にありがちな我田引水はやはりこの映画にもある。もちろん僕が書いているこの文章にも.......(^^ゞ ムーア監督は外国は長所だけを、アメリカは短所だけを取り上げている傾向がかなり強い。そこで、例えばいったいヨーロッパではどれほどの税金になっているのか気になる。

調べてみましたが、結論は「わからん」.......(^^ゞ 各国まちまちで、所得によってどれぐらいの税率になるのか情報がないしで単純比較できないです。ただ社会保障財源のだいたい1割ぐらいが消費税(付加価値税)。

ヨーロッパの消費税はだいたい2割前後。映画に出てきた英国は17.5%、フランスは19.6%、北欧諸国は最高で25%まで上がります。ついでにカナダは5%。でも、国によって微妙に異なりながらも、だいたいどこの国でも日用品、衣料、教育、医療関係は免税になっている。

日本に比べるとかなり高い税率ですが、消費税の財源比率は日本でも1割足らずです。なぜ同じような比率になるかと言えば、ヨーロッパではそのぶん企業の負担が大きくなっているはずです。

日本とはずいぶん消費税率が違うけど、総合的に考えるとその負担はあまり変わりないということになるんじゃないかな。逆に低所得者は基本的に消費税を負担せずにすんでいるわけだから、僕なんかはヨーロッパに引っ越すべきです......(^_^)

麻生首相が夜どこで飲むかでマスコミに叱られてました。でも資産家に庶民の真似をしろと欺瞞を押しつける方が間違っている。資産家にはたくさんお金を使ってもらうべきです。委員会でカップラーメンの値段を聞かれた首相、かなり焦っていたので前口上を言ってから、四百円と答えてましたね。可哀想に......(ToT)

資産家は金銭感覚ないから消費税100%でも、まぁそんなもんでしょと文句言わないで払ってくれそうだな......(^_^)

日本の公共事業費率が先進国の中で飛び抜けて高いことはよく知られている。もう少し正確に言えば「飛び抜けて」どころではなく、GDP(国内総生産)比で数倍、面積比では比較が難しいけど、英国の16倍、フランス・イタリアの12倍、ドイツの7倍、アメリカの78倍。

近代化が遅かった日本では社会資本の蓄積がないから単純には比較できないけど、それを割り引いてもね。その分社会保障費が削られている。消費税論議になると必ず社会保障費だけが問題に上げられるのは陰謀としか思えない。消費税を上げる前に、税の配分を、国の基本を問い直してもらいたい。

日本人の大半はより良い生活を求めて競争する社会ではなく、より安心な生活を求めて助け合う社会の方がいいと考えているんじゃないかな。僕はそもそも競争でより良い生活が得られるとはちっとも思っていないけど。そんな考えは反面教師たちのお陰で十代半ばで捨てた。良心の痛みは生活に重くのしかかる。両親の入院はもっと生活に重くのしかかる......(^_^) どころじゃない。

日本の保守は、戦後ずっと家族を大事に、老人をいたわれと言いながら、国民に競争ばかり求めてきた。そして、民よりも国を、命より金を、こころよりも体裁を大事にしてきた。民も命もこころも実在するが、国も金も体裁も虚構でしかない。

こころは実在しないという人もいるかもしれないけど、まあそこは妥協してください.......(^^ゞ 近頃は年金や医療費の問題で世代間競争までもが激しくなってきて、とうとう元来保守的な老人までもが怒り出す始末。

放言を連発した前中山国土交通大臣。すべては戦後教育のせいと大臣になったら言う腹づもりだったらしい。職責を放り出し、無辜の民を誹謗した上、国民に税金を無駄遣いさせた大臣はどんな教育を受けた?

三里塚闘争 確かにこの人は戦後教育の第1世代だ。一方、前大臣が批判した三里塚闘争の農民は戦前教育を受けている。戦後教育はイカンなあ......(^_^) 日教組も文部省と激しく対立していた頃は戦前教育を受けた教師たちが主体だったはず。もう一度小学校から入学し直して、大嫌いな日教組の若いモンに自分たちが強制した道徳教育でもしてもらいなさい。

無能な政治家はどこの国でも教育のせいにする。学校が影響力をどんどん失い、自給自足に近かった地方の隅々まで商品経済が行き渡るようになったのが戦後の歴史だ。社会は様々なエレメントの複合体であって、原因を一ヶ所に求めること自体が政治家失格の証。ついでに言えば大人失格だから、小学校からやり直したほうがあなたのためです。奥さんと一緒に仲良く通ってください。

米大統領選挙がありましたが、日本で英語教師をしているアメリカ人の話が新聞に載っていた。「富裕層の富をそうでない人々に分け与えるのは社会主義的だ。平等より自由の価値観の方が上だ」なんだそうである。

アメリカ保守の典型例だな。『シッコ』でも指摘されていたが、アメリカ人は社会主義を毛嫌いしていて、それがどういうものかということさえ実は知らない。多数がそうであるように、この教師も平等と自由が対立軸にあると思いこんでいる。

気に入らないものにはNoと言い、Noと行動する自由。平等と自由が対立すると考えるのはたぶん彼らの自由が「排除できる自由」だからだ。だから他宗教を認めず、戦争を仕掛け、同性愛者を排撃する。キリスト教原理主義者が皮肉にもイスラム教原理主義者にだんだん似てくるのは道理です。

新聞配達が自転車から新聞を庭に放り投げる場面をアメリカ映画でよく見かける。しかし、未だにこれが信じられない。なんと大雑把というか、大らかな国民だと見るたびに微笑ましく思ってしまうほど。

でも、最近合点がいった。ハロウィーンでお菓子をもらいに行った子どもがまた撃ち殺されたから。安易に庭に入り込むと撃ち殺される国だということをすっかり忘れていた。

撃ち殺される自由なんていらないよ。怯えてドアの後ろで銃を構える自由もいらない。日本では新聞が玄関ポストまで配達されて、顔を合わせれば互いに挨拶できる平等と自由があるんだよ。

No!と言えない日本。それもいいもんだ。でも、今の政治はだんこNo!.......(^^ゞ

2008-11-08 Sat


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