プリオシン海岸  プリオシン通信

懐の具合

歴史と罪と庇


新聞もTVもオリンピックで、スポーツ好きというかオリンピック好きな人はさぞや忙しいことでしょう。スポーツに関心の薄い僕は、ハイライトぐらいは見ようとオリンピックが終わるのを待っている......(^_^) これじゃ観戦ではなくて、ニュースを見ているのと変わりないな.......(^^ゞ

だって、北島康介がすごいと言われても、カナヅチの僕には泳げる人はみんなすごいのである。これではスポーツ観戦は無理だよね。するのは嫌いじゃないけど。国民栄誉賞は泳げる人みんなにあげてください。

チャン・イーモウの映画は好きなので、開会式は見ました。すごかったけど、作為が目立つ演出だったので少々飽きました。終わってから、花火がCGだったとか、少女の歌が別の少女の歌で口パクだったとか漏れ聞いて、まさにこれは映画だったんだとわかりました。

『初恋の来た道』 でも、だれも映画と思って見ていた人はいないんだからだめだよ。どちらの少女も傷ついただろうけど、国家奉仕のためにチャン・イーモウも傷ついていたと思いたいところです。『初恋の来た道』という少女の瑞々しい恋心を描いた監督ですから。

古代中国のからの発明がモチーフだったらしいけど、中国って、古(いにしえ)は懐の深い国だったはずだぞ。

『プライド』ポスター オリンピックの陰でひっそりと今の戦争や敗戦記念の番組もありましたが、今年は東條英機の手記が公開されたことが一番印象的でした。そして、この人の思考回路は思っていた通りでした。映画『プライド 運命の瞬間』(1998年)に代表されるように東条を無批判に英雄視するのは映画と同じくお笑い、というか悲劇です。

戦争を擁護する時に聞く話は、悪いのは日本ばかりじゃない、日本はこんないいこともした等、言い訳ばかり。木を見て森を見ずの適例ですな。

東條が一に軍部、二に天皇、三に「一段安きに考えたる国民」という順に思考していたことは明らか。

一方、この時期新聞に掲載される市井の人々の手記は生死の境をさまよった様々な悲劇を描写しています。市井の民もみんなが無辜ではありえないけど、リーダーたちのプライドのためにどれほどの人々が傷ついたかを忘れない方がいいのではないかな。

大本営は補給も支援もせず、撤退も許さない、そんな戦場で、兵士の骸まで食べながらも死んでいった人々、あるいは生き延びた人々にどんなプライドを持たせてやることができたのか。当時のリーダーたちはそんなこと想像外かな。「一段安きに考えたる国民」にプライドなんかあるはずないものね。

戦中ひどい目に遭った人は戦争を憎み、戦後ひどい目に遭った人は戦後の風潮を憎む。

罪は罪と認める懐の深さ。誇り高い人々はそれを知っている。僕はプライドなんかどうでもいいけど。プライドポテトの方が腹の足しになる.......(^^ゞ

母がTVをつけるとオリンピック中継をやっていることが多いので、もうウルサイとか言っていますが、ウルサイと言えば蝉。こちらは今平和な戦争の真っ最中です。

クマゼミの東京進出という話を聞きましたが、こっちはもうずいぶん前から占領されている感じ。朝からシャワシャワやられると、暑さが倍加する。無抵抗の民にも情け容赦なく降る蝉しぐれ、というより撃つ蝉つぶてだよ。

このシャワシャワを録音して低速再生すると、なんと「ミーン、ミーン」と聞こえるらしい。でも、まだ実験はしていません。どこまで低速にするのかしらないけど、特殊再生できるプレイヤを持っている人がいたら、検証してみてください。

耳鳴りのひどい人がクマゼミの音を聞いたら、耳鳴りが一時的に止んだと投稿しているのを読みました。庭木の手入れをしていて、クマゼミの声に頭がくらくらしたらしい。確かにくらくらするうるささだよ......(^_^) 庭を離れたら耳鳴りが止んでいたという。

投稿者の分析では、遮蔽効果の持続現象、つまりマスカー法ではないかと推論していた。クマゼミの声を10分聞くと、3時間効果が持続するという。どうもこの方法はヒポクラテスの時代から知られていたらしい。

閑さや耳にしみ入蝉の声

二階の網戸にはよく蝉が張り付きます。足が引っかかりやすいからかな。古い家には二階がなかったから蝉が張り付くことはなかったけど、日差しが窓の中まで入ることもなかった。

新しい家は庇が短くなったけど、まさか夏に日差しが入るとは思ってもいなかった。近頃の家はここまで短くなっていたのかと、悔やむ。庇だけはやはり日本の気候を考えて作ってくれなきゃね。仕方ないので、サンシェードを張ってます。

『とりぱん』第4巻 『とりぱん』第4巻にちょうどこの違和感が描かれています。洋風住宅は

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壁ばっかりで軒下がないのだ。誰も寄せつけまいとするかのように・・・鳥も虫も物も人も。仮の宿りを受け入れる軒の深さよ。(句点、中点は僕が付けました)
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虫は来ますけど、やはり雀は隣の軒で雨宿りします。ほんとうに懐のない家です。家主に似つかわしくない家です......(^_^) こんど家を建てるなら、懐の深い家を建てたいです。でも、死ぬまで懐が寂しいことがわかっているので、今生は懐の浅い家主として過ごします。

2008-08-16 Sat

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