プリオシン海岸  プリオシン通信

裸電球と遠い空

いつもなにも知らない


梅雨に入ってずいぶん日が経ちました。沖縄ではもう梅雨明けしましたね。洋画を見ていると窓ガラスに雨が流れるシーンをよく見ますが、子どもの時からどうして嵐でもないのに、こんなに窓ガラスが濡れるんだろうと不思議に思っていました。これは雨による演出なんだろうなあと考えたり。

なんのことはない、庇が短いから。洋風屋根の家に住んで初めて納得できました。窓ガラスを拭いても一雨で汚れてしまいます。日本の障子が成り立ったのは、深い庇のお陰なんだなあ。

ダビング10がようやく決着しました。著作権団体が消費者から悪者扱いされたくないと考えたようです。そう、消費者あっての著作権ですよ。決着したらレコーダーを買おうと待っていたけど、その前に財布のタリングあいが決着してしまっていた。

今、燃料費の高騰でいろんなものが大変ですが、タバコを千円にするという、ほとんど実現の可能性のない話も出ています。人から禁煙成功の秘訣を時々聞かれたりもします。禁煙前までは日に三箱近く吸っていたので、まあみんな不思議に思うわけです。僕だって、成功するまでに5回ぐらいの失敗はありましたけどね。

でも、禁煙ぐらい簡単なことはないです。いつ死んでもいいやと思っている人を除いて、禁煙しないと明日死ぬと言われたら、ひねくれ者以外は百%成功します......(^_^) なんでまだひねくれ者を除外するかと問われれば、僕みたいなヤツがいますからね。死んでやる〜みたいな.......(^^ゞ

僕の過去5回の失敗も、出来ればやめる、出来なければ仕方ないやと思っているうちは成功するはずがなかったわけで。

禁煙出来なければ仕事を続けられないという壁ができたから、禁煙しないという選択肢は全くなくなり(そりゃ仕事をやめるという選択肢はありますよ)、禁煙を始める前から百%成功を確信していました。成功したのに、仕事をやめてしまいましたけど.......(^^ゞ 結論から言えば失敗になるな。今はじめて気がついた......(^_^) まあ、世の中うまくいかないもんです。

もうタバコを吸うことはないですけど、今でも時々吸いたくなりますね。でも、隣で吸われるのは臭くて嫌です。何十年の間、たくさんの人々に迷惑を掛けたことを深く深く反省しています。

『聖者の行進』DVD 貧乏暇ありなので、映画をよく見ています。昔のものばかりです。ドラマも面白いのがないので、昔のドラマを見ています。10年前のドラマ『聖者の行進』がDVDになっているのを見つけて、レンタルで半年がかりで見ました。当時ドラマを見ていなかった僕としては珍しく見たドラマです。宣伝で見たタイトルバックがとても魅力的だったから。

野島伸司脚本らしく、話がえげつない。演出もリアリティに欠け馬鹿げている。当時、一部スポンサーが降りたそうですが、欠点を探せばいくらでも見つけられるドラマ。それでも、このドラマの設定がやはり魅力的。

タイトルバックは、裸電球が煌々と輝く下、資材置き場のようなところでみんなで演奏をしているシチュエーションなんです。この場面がちっともドラマに反映されていないのが不満。

このタイトルバックに流れるのが中島みゆきの『糸』。彼女はやはり詩人。見事にまとめてます。ケチのつけようがないぐらいに言葉がまとまりすぎているのが逆に欠点。そんなにまとめてしまっていいのか?という、どこか腑に落ちない気分が残る谷川俊太郎に似ている。

それでもとてもこの曲が好きなのは出だしが素晴らしいから。

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なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない

どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語
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真っ直ぐな農道を自転車で走っていたら、田んぼを低く飛んでいた5羽ぐらいの若ツバメたちが寄ってきて、しばらくの時間併走して遊んでいました。何のつもりなのか。ピカピカ光る自転車が珍しかったんでしょうか。遠い空の下、彼らは今どこを飛んでいるのかなあ。また再会したいもの。

記事を書いている間、遠い空で雷が鳴っていました。そして今、雨が降り出しました。

2008-06-20

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