プリオシン海岸  プリオシン通信

言語症

耳障りのさきはふ国


前回のキーボードの話の続き。そもそもキーボードが疲れるのは、手首を反らさなくてはならないから。だから、ペラペラのキーボードにしたわけです。新聞にちょうどキーボードの記事が出ていて、キーボードの奥が低いと手首の反りが少なくなり疲れにくいと書かれていました。そんなキーボードは見たことがないけれど、試しに手前に敷物をしてやってみたら、確かに奥のキーが打ちやすい。

タイプライター 奥が高いのは、タイプライターに倣ってキーボードが作られたためとか。その経緯は当然だろうけど、それから何十年も見直そうとしないとは、コンピュータを作っている人間は、全くコンピュータ馬鹿です。

同じ記事の中に、日本人はすでにローマ字書きをしていると書かれてあり、目から鱗。ご存じのように戦後、志賀直哉等、著名人たちは日本語廃止を唱えていましたが、志賀はフランス語採用でしたかね、いろんな国語論議の中で漢字ひらがなをやめてローマ字表記というのもありました。そんな馬鹿げた主張はすべて歴史の中に消えましたが、完全に消えなかったのがローマ字表記。

パソコンを使っている人はほぼみんなローマ字打ちだし、僕は2行以上の文章はすべてパソコンで書いているし、こりゃー、書くという点においてはローマ字表記が実現してしまっている。パソコンが英語で作られている影響だと思うけど、ほんとに英語は侵略性が強いです。

脳みそまで乗っ取られないように気をつけよう。すでに半分は奪われていると思うけど.......(^^ゞ

今、「後期高齢者」が流行ですね。役人の言語感覚というか心根というか、昔から同じなのに、今更老人たちも怒るなよ、と言いたいところですが、今からでも怒れよと応援します。

認知症もわけわからん。「末期高齢者」である日野原重明さんは「認知障害」を提案している。国は移民受け入れが嫌なので、日本に生活実態があっても外国人労働者と呼ぶ。外務省では「生活者としての外国人」と呼ぶんだそうな......プッ (^_^)

国際化を叫んで小学校から英語を教えていても、隣の移民をいつまでも外国人呼ばわりさせる心根ではチェシャー猫に笑われる。そして、永遠にチェシャー猫を理解できない。

近頃うれしかったニュース。学校教育法改正で養護学校が特別支援学校になったように、聾学校は聴覚障害特別支援学校になるはずだったのが、現場の反対で中途半端な状況になっているらしい。

聾は自分たちのアイデンティティの一部で、誇りである。健常者から特別に支援を受けるかのようなネガティブな名称なんていらない.......というようなことらしい。拍手。パチパチ。よくぞ言ってくれました。

先生の中に養護の先生がいるように、学校の中に養護の学校があっていいと思う。そして、子どもだちは養護の学校の子たちだけでなく、すべての子どもたちが大人たちからひとり一人特別に支援を受けるのが普通のことでしょ。 特別支援学校を作るということは、普通学校ではそんなことはできません、と表明しているかのようだ。

「特別」と聞くと、昔の特殊学級という名称を思い出してしまう。障害者は最近「障がい者」という記述に変わりつつあるようだけど、自分では少しもハンディキャップと思っていない人には、やはり嫌な言葉だと思う。こういう言葉にこそ、役人さんたちは知恵を絞って、いい言葉を生み出してほしいもの。

『空の名前』高橋賢治著
  『空の名前』
  高橋賢治著
ここは「言霊のさきはふ国」。夕方から雨が降り出したけど、春の雨だけでも、こぬか雨、春雨(春の雨ではない)、春時雨、春霖、菜種梅雨など、いくつも美しい言葉を生み出した末裔なんだから。

僕は年老いたら、高齢者と呼ばれるのも嫌だな。そんな四角四面の言葉で呼ばれたくない。お爺さんもカンベン。やはり「ご老人」でしょ!わたしゃ、「そこのご老人」と呼んでくれなきゃ振り返らないからね。偏屈ジジイと呼んじゃイヤ。

2008-05-01

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