プリオシン海岸  プリオシン通信

終わりの夢

だれもいない話


だれもいない海岸公園
だれもいない海


自転車でたまに行く遠い海岸公園。冬になるとほとんど人がいなくなります。この日はだれもいない独り占めの海でした。あるいは終末的な.....

今月は父と祖母の法事をしました。2年前に父が亡くなって、病院とはしばらく縁が切れるかと思っていましたが、あれからも母の入院があったし、親戚の入院が続いていて、昨日は伯父の手術で一日病院にいました。

おじやおばがその年齢になってきているということです。僕には老人の孤独がまだ理解できませんが、若者の孤独とは別物であることだけはわかる年になってきましたね。そんなことを言っている間にまたひとつ年を取るわけですが......(^_^)

エコキュートでわからないことがあったので、メーカーに電話しました。大きなメーカーではコンピュータで対応して、電話のボタンを押させて質問の内容を分類して担当者に電話を回すというのが普通だと思います。

今回はこれに音声認識が付け加わり、商品名を言わせてそれをコンピュータが認識して繰り返すという操作が入り込んでいました。これが正確な認識で、答えも見事な発音でした。

ここまで進歩していたか。近頃は進歩なんてことにはほとんど懐疑的ですが、機械と会話して楽しむなんて、それこそ楽しいと僕は思います。

手術した伯父の連れ合いである伯母は、伯父が入院してもう二月にもなるので、毎日ひとりで寂しい、息子夫婦が帰ってきても食事したらすぐに自分たちの部屋に行くし、犬に話しかけても空しいし、とこぼしていました。

僕は、犬はちゃんと話を聞いてくれますよ....としか言えなくて、自分でも情けなかったけど、機械が老人の話を聞いて返事をしてくれるような未来がそのうち確実にやってくると思います。

賢明な人であれば、それは進歩ではないと即座に言うことでしょう。でも、技術の進歩によってではなく、人と人の社会的分断という進行が続く限り、それは避けようのない未来です。

大勢はそんな会話は悲しいと思うことでしょう。でも僕は機械と会話を楽しむというSF的状況がやってくることがひとつの夢です。できることなら、生きているうちに頼みたいもんだ。21世紀まで生きのびれば、宇宙旅行ができると夢見ていた少年としては。

インターネットがまだなかった昔から人工無脳というプログラムがあります。これでキーボード入力してパソコンと会話して遊んでいたことがありますが、機械とおしゃべりというのは廃墟というユートピアに通ずる楽しさと虚無がありますね。年末だから終末的な夢も許されるでしょう。

みなさんには良き初夢を願います。

2007-12-28


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