銀河鉄道のの星空案内


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星の駅地上銀河ステーション白鳥の停車場鷲の停車場青い森の中の三角標小さな停車場サウザンクロス
星座標地球白鳥座61番星白鳥座η星付近アルタイル琴座射手座南十字座
銀河時 第十一時(零時)(第一時)第二時第三時
地上時午後から夕方8時10分    8時40分
出来事教室から丘までカムパネルラ乗車 海岸へ降りる通過駅通過駅新世界交響楽半分下車する

解説語
リンク
天の川銀河ステーション白鳥の停車場鷲の停車場青い森の中の三角標小さな停車場サウザンクロス
星座の図円い板のやうな地図プリオシン海岸狼煙・のろしかささぎインデアン青じろい雲
ケンタウル橙いろの三角標(ライラ)の宿傾斜石炭袋
星めぐりの歌その島アルビレオ孔雀大きな鮭や鱒プレシオス
北の大熊星狐火海豚双子のお星さまマジェランの星雲
天気輪の柱くぢら蝎の火大犬座の三角標
三角標二つにわかれケンタウルの村
青い琴の星射手
小さな青い火

関連リンクプリオシン海岸トップ銀河鉄道の夜ガイド比べっこ銀河鉄道の夜銀河鉄道の夜の改稿表銀河鉄道ツアー


『銀河鉄道の夜』は星空を基底として天の川風景を描いています。しかし、汽車に乗車してからは宇宙の風景ではなく、川が流れる地上の風景に変換されて描かれているので、星座は登場しません。その意味で『銀河鉄道ツアー』は正しくありません。そして、星空の知識なくして物語を楽しんでいいでしょう。

「星空案内」は物語を深く理解したいという人向けです。また、『双子の星』で登場する歌詞「星めぐりの歌」も解説しています。先達の研究成果を尊重しつつ従来説にとらわれない心構えで、一緒に推理を楽しんでください。

『銀河鉄道の夜』は天文ファンであった賢治の体験と切り離せません。文学的な読みの面白さだけでなく、星空の深遠さを体感してみてください。また、星空の解説だけにとどめず、物語構造の考察にも踏み込んでいます。この物語はSFでもあるので、そうすることで見えてくるものがあります。このページはそのためのガイドです。

凡例

上の軌道図は正確な星図ではなく、模式図です。天の川に沿った星座をほぼ天球1周分展開したものです。物語で描かれるのは北十字から南十字を過ぎた辺りまでで、駅はオレンジの三角標 駅のマーク でマークしてあります。軌道が天の川の左岸(下側)に沿っていない理由は本文中で説明しています。ブラウザのjavascriptがオンの時は画像ドラッグで左右にスクロールでき、オフになっている場合はブラウザいっぱいに表示されます。

銀河時の( )付は本文に記されていないので推定時刻です。また、地上時は「銀河鉄道の夜はいつか」ページで推定した時刻です。

取り上げた語句は物語の登場順に初期形(第1〜3次稿)から最終形(第4次稿)まですべてです。見出しの下段や引用文末に(第○次稿)と註を付けています。ただし、第1〜2次稿はかなりの原稿が失われているので、存在が推定できても原稿で確認できない稿については示しません。

恒星を説明する際にはバイエル符号を用います。星座を構成する星々の中で明るい順にα(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)とギリシャ文字で呼びます。また、「銀河鉄道ツアー」に該当天体が登場している場合は銀河鉄道「ツアー」にリンクしてあります。ご覧になった際にはブラウザの戻るボタンでこちらのページへ帰ってきてください。

項目毎に完結した解説ではなくひとつの読み物として書いてあります。天体だけでなく、注目すべき語句にも解説を試みています。下表の「推定」は星空の位置を示す天体の場合もあれば、位置ではなく描写のヒントになった天体の場合もあります。またその両方の場合もあります。解説文を読んでご判断ください。



原文の言葉 推定 説明
午後の授業
天の川
【第4次稿】
銀河系 原文 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でせう。」
(中略)
ですからもしもこの天の川がほんたうに川だと考へるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。
(中略)
私どもの太陽がこのほゞ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まはすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄いのでわづかの光る粒即ち星しか見えないのでせう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるといふこれがつまり今日の銀河の説なのです。
【第4次稿】















太陽系と銀河系

太陽系と銀河





太陽系の位置
銀河と太陽系の位置


銀河の中心方向銀河の中心方向
教室の場面がない初期形で銀河について語ったのはブルカニロ博士でした。「天気輪の柱」の章に「ところがいくら見てゐても、そこは博士の云ったやうな、がらんとした冷いとこだとは思はれませんでした」とあります。博士はどう説明したのか興味あるところですが、その部分の原稿は失われています。
天の川とは地球が属する太陽系を端の方に含む銀河系のことです。僕たちはこの銀河系の中にいますから、内側から外へ向かって見ていることになります。円盤状になった銀河系の星々の層が厚いところは雲がかかったように見えるので、それを天の川と呼んでいます。
紀元前にギリシャのデモクリトスは天の川が星であることを見抜いていましたが、それを証明したのはガリレオ・ガリレイです。1610年のことです。望遠鏡という技術のお陰ですが、それは現代でも同じで宇宙望遠鏡や観測衛星によっていろんな発見がもたらされています。先生がジョバンニに答えを促す時に望遠鏡を引き出してきたのは科学史を踏まえたものになっています。
賢治が記す銀河系の姿は1750年に発表されたトーマス・ライトの仮説から始まった数多の研究成果で、「今日の銀河の説」という限定を付けたのは第3次稿までブルカニロ博士の地歴の本によって強調された、真実の時代性を踏まえているからです。僕たちの銀河の形は棒渦巻銀河で、その中心方向は射手座A*(エー・スター)にあり、距離2万6千光年と推定されています。銀河の厚みは約1.5万光年、直径は約10万光年とされていますが、これも大ざっぱで書によりいろいろな数値になっています。
僕らにとっての住み処である惑星の存在感は大きなものですが、太陽系の全質量はほぼ太陽のそれと等しく、太陽以外の天体すべてを合わせても太陽の700分の1しかありません。惑星はオマケにもなりません。
教室でジョバンニは天の川がたくさんの「星」でできていることを答えられませんでした。心の中で「さうだ僕は知ってゐたのだ、勿論カムパネルラも知ってゐる」と言い訳するものの、ジョバンニの気持ちとしてはそうは思えなかったからです。それは「天気輪」の丘で告白されます。そして、この気持ちこそがジョバンニの切符となります。
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 銀河鉄道ツアー 午后の授業 
ケンタウル祭の夜
星座の図
【第4次稿】
星座 原文 うしろの壁には空ぢゅうの星座をふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形に書いた大きな図がかかってゐました。ほんたうにこんなやうな蝎だの勇士だのそらにぎっしり居るだらうか
【第4次稿】
さそり座の絵
さそり座の絵



くじら座の絵
くじら座の絵



一戸直蔵著書『趣味乃天文』
『趣味乃天文』
この星座図は星座線のみではなく、星座絵が描かれた図です。例えばさそり座であれば、このような想像図として描かれます。星座絵は古代から描かれていますが、現在の星座絵の元になったのはグリニッジ天文台の初代天文台長だったジョン・フラムスティード(1646〜1719)の没後に刊行されたフラムスティード『天球図譜』(1725-29年)です。星座絵は歴史画家ジェイムズ・ソーンヒルの手によるもの。日本で刊行されたものは1776年にパリで刊行された第2版が元になっています。
2枚の右図は「くぢら」の項目で示した図です。絵の向きが逆になっているのがわかります。『天球図譜』(右側)は天球の内側から見た絵を初めて描きました。それ以前の絵(左側)は天球を外から眺めた絵を描いていたのでした。これは17世紀のポーランドの天文学者ヤン・ヘベリウスが描いたヘベリウス『星座図絵』のものです。描かれているものも微妙に異なり、『天球図譜』で描かれた蟹座はいわゆるカニですが、『星座図絵』はロブスタ-になっていて、さそり座と間違えそうです。いや、間違わないな......(^_^)
さて、第2次稿まで登場していた「くぢら」という語の元になったと思われる鯨座は現在の鯨とは異なり、首や脚がある生き物として描かれます。「ふしぎな獣」とは鯨座やペガススス座なのかもしれません。「蛇」は蛇座。「魚や瓶の形」は南の魚座と水瓶座でしょうか。「勇士」はペルセウス座、オリオン座、ヘルクレス座とかでしょう。
右図の『趣味乃天文』(大正5年発行)は一戸直蔵が著したものです。当時、北天と南天の星座絵が描かれたものとしては数少ない書籍です。(画像はネガに反転しています)
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 銀河鉄道ツアー ケンタウル祭の夜 
ケンタウル祭の夜
ケンタウル
ケンタウルス
【第3次稿】
【第4次稿】
ケンタウルス座 原文 そのケンタウル祭の夜の町のきれいなことは
(中略)
「ケンタウルス、露をふらせ。」
【第3次稿】





ケンタウルス座

ケンタウルス座













みをつくしの列をなつかしくうかべ
薤露青の聖らかな空明のなかを
たえずさびしく湧き鳴りながら
よもすがら南十字へながれる水よ
岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
銀の分子が析出される
(『薤露青』から引用)




ω(オメガ)星団
ω星団
「ケンタウル」と「ケンタウルス」の両方が使われています。第4次稿では章のタイトルに「ケンタウル祭」が残りましたが、この章の本文中からは消えました。「ケンタウル祭」という語が最初に現れたのは大正6年4月です。歌稿Bに「わがうるはしき ドイツたうひは とり行きて ケンタウル祭の聖木とせん」とあります。この物語への着手は大正13年ですからかなり前です。どんな祭なのか詳細は不明ですが、「『銀河鉄道の夜』はいつか」で考察しています。
「ケンタウルの村」が明らかにケンタウルス座のところにあるので、星祭りはケンタウルス座と関係が深いようです。賢治は北斗七星の祭にする考えもあったようですが、結局「ケンタウル」を選びました。語感でしょうか。星図を見ると、前足にあたるα星(アルファ・ケンタウリ)とβ星(ベータ・ケンタウリ)の右で南十字を抱え込んだ星座であることがわかります。こういう点からもケンタウルス座が選ばれたのかもしれません。
加倉井厚夫氏によると、当時は「センタウルス」という訳語も使われていました。上記の『趣味乃天文』では「ケンタウルス」が使われ、賢治が愛読したらしい『肉眼に見える星の研究』(吉野源治郎、1922、大正11年発行)では「センタウルス」になっています。
「ケンタウルス、露をふらせ。」という魅力的なフレーズについては『薤露青』(かいろせい)との関連が指摘されています。『春と修羅第二集』に収録されているこの心象スケッチは『銀河鉄道の夜』の原石ともいうべき作品です。右のような詩句で始まります。
「みをつくし」とは「澪標」で、航路を示す標識のことです。物語では「三角標」に相当するでしょうか。「露」が含まれる「薤露」とは古代中国の挽歌にあった漢語で、薤(おおにら)の葉に置く露は消えやすいことから、人の命の儚(はかな)さを喩える意味があります。「『銀河鉄道の夜』はいつか」で説明したように、この祭はお盆と深い関わりがあります。祭の時期も晩夏あるいは初秋ともいうべき時期に近づいています。
天智天皇の有名な和歌を一首。
秋の田のかりほの庵の苫をあらみ我が衣手は露にぬれつつ
稲を収穫するための仮庵が夜露に濡れています。「露をふらせ」という言葉には、まもなくやってくる稲の収穫のために平穏な天候を祈願する気持ちも込められているように思います。
南天の星座なので、日本本土より南に下がらないと星座全体は見られません。これは物語の場所であるかもしれない南欧であっても同じことです。星座中央には1千万個の恒星集団と推定されるω(オメガ)星団という明るい球状星団があります。
星空にケンタウルス座が見えない街にケンタウル祭があるという不可思議を賢治はどうやって乗り越えていくのでしょうか。
ジョバンニの旅の終わりに近いところで「ケンタウルの村」として再登場しますから、また最後の方でこの星座に触れます。
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 銀河鉄道ツアー ケンタウル祭の夜 
ケンタウル祭の夜
星めぐりの歌
【第3次稿】
星めぐりの口笛
【第3次稿】
【第4次稿】





























ケンタウル祭の夜
星めぐりの歌
【第3次稿】
星めぐりの口笛
【第3次稿】
【第4次稿】























アンタレス








わし座

プロキオン








へび座











オリオン座








アンドロメダ銀河










おおぐま座






こぐま座

北極星
原文 ですから今夜だって、みんなが町の広場にあつまっ て、一緒に星めぐりの歌をうたったり、川へ青い烏瓜のあかしを流したりする、たのしいケンタウル祭の晩なのに、ジョバンニはぼろぼろのふだん着のままで、病気のおっかさんの牛乳の配られて来ないのをとりに、下の町はづれまで行くのでした。
(中略)
子どもらは、みんな新らしい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、「ケンタウルス、露をふらせ。」と叫んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃したりして、たのしさうに遊んでゐるのでした。【第3次稿】
さそり座とアンタレス

こいぬ座とプロキオン

へび座とへびつかい座の絵図
へび座とへびつかい座

りゅう座
りゅう座

へび座とへびつかい座

オリオン座

アンドロメダ座
アンドロメダ座

アンドロメダ銀河
M31アンドロメダ銀河

北斗七星と北極星

賢治のこぐま座
賢治が思い描いたこぐま座
ここは地上部分ですが、銀河軌道上でジョバンニもカムパネルラも口笛を吹く場面があります。歌詞は出てきませんが賢治の愛着ぶりがうかがえます。歌詞は『双子の星』に記されており、双子の星のエピソードは第3次稿以降の「ジョバンニの切符」の章で登場します。
この歌は星空をあちこち巡ったあと、最後に北極星へと導く内容になっていて、「ケンタウル祭」ではなく「七星祭」となりえた可能性を示すものでもあります。また、この歌は星座の基礎知識と合致しない箇所がいくつかあり、議論を呼んでいます。

「あかいめだまのさそり」
目玉とは蠍の心臓と呼ばれる赤い星アンタレスのことです。賢治は知らなかったのではなく、たぶんそう見たかったのです。吉田源治郎著『肉眼に見える星の研究』(1922年)に「眼玉として赤爛々たるアンターレス」とあったことからこの影響とされたこともあったようですが、『双子の星』が書かれたのが1918年ですからその説は誤りとされました。しかし、現存原稿はその時のものではなく、1921(大正10)年頃のものなので、実際のところはどちらが早かったのか不明のままです。
「ひろげた鷲のつばさ」
鷲座は翼を広げた形です。
「あをいめだまの小いぬ」
小犬座のα星プロキオンらしいですが、星座絵ではさそり座と同じく心臓あたりです。心臓は光るとは言いませんから、「目玉」になったのかもしれません。色は青く見えないようです。これは「あかいめだま」と対称させる表現でしょうか。詩的には美しいイメージが広がります。プロキオンは冬の大三角の1角になる1等星です。大犬座のシリウス説もあるようですが、「おおいぬ」と「こいぬ」の混同あるいは意図的すり替えと考えるのは厳しそうです。
「ひかりのへびのとぐろ」
星の輝きを「ひかり」と言っているのでしょう。蛇座は頭と尾に分断されていて、その真ん中で蛇遣い(へびつかい)座に掴まれている形です。賢治の言う「とぐろ」がないため不可解に思われることから、竜座とする説もあります。
しかし、科学的素養があり天文ファンであった人が初歩的な過ちを繰り返すとは考えにくいです。実際、蛇座を虚心に眺めれば「とぐろ」は見えてきます。蛇座に丸い蛇遣い座を取り込んで、それを「とぐろ」と見立てたのだと思います。あるいは、蛇遣いの背後で蛇がとぐろを巻いているのを賢治は見たのです。そうすれば蛇は分断されず、かえってわかりやすい描写になります。賢治の新星座です。
「オリオンは高くうたひつゆとしもとをおとす」
蠍座は地平線上の星座です。白鳥座は天頂にまで昇る星座です。オリオン座は高度60度〜70度ぐらいまで昇ります。つまり、「高いところで歌い、露と霜を落とす」ということでしょう。散文作品『柳沢』にも「オリオンがもう高くのぼってゐる。」という文があります。オリオン座は冬の星座なのでこの星座が見え始める秋口から本番の冬までが露と霜が降りる季節と合致します。節気では「白露」や「霜降」。観測していてオリオン座が高くのぼると、望遠鏡に露や霜がびっしり張り付きます。
「アンドロメダのくもはさかなのくちのかたち」
アンドロメダ座のM31大星雲を「くも」と呼んでいます。条件が良ければ肉眼で見える大星雲ですが、魚の口に見えるほどはっきりは見えません。「青い琴の星」の項で説明していますが、「魚口星雲(フィッシュマウスネビュラ)」の連想を呼んだのかもしれません。この時代はまだ星雲についての研究が進んでおらず、銀河も星雲も同じく星雲とされていました。アンドロメダ座のM31は銀河なので、銀河系外星雲と呼ばれることもありますが、最近はアンドロメダ銀河と呼んで星雲と区別することが多いです。こうした時代背景もあり、M31も円盤状に見えることから環状星雲と同じく「魚口星雲」と考えても不思議ではありません
「大ぐまのあしをきたに五つのばしたところ」
大熊座の脚にあたる部分を5倍伸ばしたところに北極星(ボラリス)があるということですが、星空入門ではだれもそんなことは言いません。大熊座の腰にはまり込んでいるヒシャクの縁(α星〜β星)を5倍伸ばすと言います。あえて言えば腰を下半身(あし)に言い換えているのでしょう。とにかく詩情を損ねてはなりません......(^_^)
「小熊のひたいのうへはそらのめぐりのめあて」
小熊座も小さなヒシャクの形です。柄の先端が尾の先っぽに相当します。これが小熊座α星で、北極星になります。ちょうど「額」とは反対方向になります。これも語感優先でしょうか。あるいは賢治の小熊絵は北極星を仰いでいるのかもしれません。それもまた美しい絵です。

結局、星めぐりの歌は西洋の星座を元にしているものの、そのままではなく、賢治なりの再解釈があり、想像があり、詩情があるということになります。間違いや勘違いではないと思います。これは科学ではなく文学です。あるいは歌です。空の目当てである北極星がメトロノームのようにフリフリ振られる小熊のシッポであってはならないのです。
ちなみに、この曲は1912(明治45)年発行の『家なき子』(春陽堂)の主題歌であるナポリ民謡『Fenesta vascia』、また1919(大正8)年の舞台カルメンの劇中歌『酒場の歌』からメロディーの一部が取り込まれている可能性があります。
星めぐりの歌に登場する星座の位置関係を示す一覧図は「星の旅」の「星めぐりの歌の星空案内」ページにあります。また、そこでは「星めぐり」の意味についても考察しています。
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 銀河鉄道ツアー  星めぐりの笛 
天気輪の柱
北の大熊星
【第3次稿】
【第4次稿】
北斗七星 原文 牧場のうしろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は、北の大熊星の下に、ぼんやりふだんよりも低く連って見えました。【第4次稿】 北斗七星と北極星

北斗七星と北極星

おおぐま座

アルコルとミザールA・B
アルコルとミザールA・B
大熊座は北斗七星をお尻に持つ星座です。天の川からは離れた星座なので、鉄道軌道には現れません。また、「星めぐりの歌」(『双子の星』)に登場する星座でもあります。物語の中ではちょくせつ星座を表す言葉としては数少ないもののひとつです。ここはまだ地上なので、星座として扱われています。ケンタウル祭の日時を知るのには重要な星座でもあります。
しかし、「北の大熊星」というように「北の」という修飾が付けられています。この点から単に大熊座を指しているのではなく、北斗七星のことだという指摘があります。「北の大熊星」は『よだかの星』でも登場する語句です。星祭が北斗七星の祭という設定になった可能性も考慮すると、やはり北斗七星のことを指しているのだろうと思います。
北斗は単に七星を意味しているだけではなく、北極を示す羅針盤として、その背景には北極星が控えています。天球の回転軸である大「三角標」として、出発前の丘の上で輝いていることをほのめかしています。
北斗七星部分にあたるミザール(左から2つ目)にはアルコルという伴星があり、肉眼で分離できる二重星です。そして、ミザールにはもうひとつ星を伴っていて、これは望遠鏡で見ることができる連星でミザールBです。
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 銀河鉄道ツアー 大熊 
天気輪の柱
天気輪の柱
【第3次稿】
【第4次稿】
塔の形をした
賢治の創造物
原文 ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。【第3次稿】 【第4次稿】 きりん座
8月花巻20時



清養院の後生塔

清養院の後生塔
天体ではありません。「へびのとぐろ」と同じことで、賢治の創造物でしょう。正体をめぐって諸説があります。「天の麒麟(きりん)」とする説は麒麟座と結びつけるものです。原文には「ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって」とあり、星座なら「すぐうしろ」とは言い難いし、「三角標」に変化する必要もないわけですから、やはり柱だと考えた方が妥当です。
初期形のラストシーンではブルカニロ博士が去る場面があり、「もうそのかたちは天気輪の柱の向ふに見えなくなってゐました」となっています。初期形では「琴の星がずっと西の方へ移って」いたほど旅の出発から時間が経過していて、自転軸近くであっても麒麟座は天気輪の丘から少し外れる可能性が高いです。また麒麟座の向こうにブルカニロ博士が消えるのも不可解で、麒麟説は誤りです。天と地をつなぐものとしてたいへん重要な役割を果たす柱はやはり丘の上にそびえていた方がいいでしょう。
実は文語詩「病技師〔二〕に「あえぎてくれば丘のひら、 地平をのぞむ天気輪、」という記述の存在が指摘されています。この下書稿(一)では「あえぎて丘をおり 地平をのぞむ五輪塔」になっています。つまり(天気輪=五輪塔)の可能性があります。五輪峠に建つ五輪塔に触れた詩もあり、五大元素を象徴する供養塔を原型にして賢治が創作したものと考えるのが妥当なようです。賢治が学生の時に下宿した清養院山門の前にも後生塔があり、「お天気柱」と呼ばれていたという証言もあります。
ただし、賢治は五輪塔そのものを書いたのではなく、「もうそのかたちは天気輪の柱の向ふに見えなくなってゐました」という文からも五輪塔よりもかなり大きな物であることが推定されます。塔とはそもそもは建築物です。法華経の「見宝塔品 第十一」で出現する宝塔との類似を指摘する説もあります。多宝如来が仏陀を讃えて招き入れる巨大な塔なのですが、確かにこの影響もあると思います。こうした様々な要素を賢治は明らかに何か別の形をしたものに変換したと考えられます。それが具体的な形を持っていたかどうかも含めてすべて謎です。つまりは読者の想像に委ねられています。
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 銀河鉄道ツアー 夏の大三角 
銀河ステーション
三角標
【第3次稿】
【第4次稿】





























銀河ステーション
三角標
【第3次稿】
【第4次稿】































銀河ステーション
三角標
【第3次稿】
【第4次稿】
測量用の櫓
恒星の光
マーキングとしての恒星





























測量用の櫓
恒星の光
マーキングとしての恒星





























測量用の櫓
恒星の光
マーキングとしての恒星
原文 そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍のやうに、ぺかぺか消えたりともったりしてゐるのを見ました。それはだんだんはっきりして、たうたうりんとうごかないやうになり、濃い鋼青のそらの野原にたちました。
(中略)
ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすゝきの風にひるがへる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。
【第4次稿】


















三角点の地図記号

三角点の地図記号















三角点標石
埋められた三角点標石
(正方形頭部の一辺は
20センチ足らず)






測量標
測量標






回照器
回照器
(太陽光を反射させる器械)



一等三角網図

一等三角網図

夏の大三角
夏の大三角

星座の三角網
夏の大三角付近に
三角網をかぶせる





おおいぬ座
おおいぬ座

原作の中では頻繁に登場する重要語ですが、ますむら・ひろし氏の『イーハトーブ乱入記』によると、不思議なことに研究者の間でもあまりよくわからなかった言葉のようです。研究者が文学系に偏っていたせいもあるのでしょうか。しかし、初期形に「(さうだ。やっぱりあれは、ほんたうの三角標だ。頂上には、白鳥の形を描いた測量旗だってひらひらしてゐる。)」とあるように、三角点を連想するのは容易です。しかも、ちゃんと原文にも「三角点」と書いてあります。
単純に考えれば恒星と考えてよいと思います。恒星とは太陽のように自ら光っている星のことです。天球上でほぼ位置を変えずに光っていることからの命名です。天体観測で星を探すのに星座早見と格闘したことのある人なら「三角標」と星が結びつくことは自明に思えますが、恒星と結びつかない人がたくさんいるようです。現在はコンピュータで星を望遠鏡に導くので、若い天文ファンには結びつかないかもしれません。昔は明るい星こそが星空の三角点でした。
ますむら氏の前掲書によると、昭和26年に市川重尚氏が「石の三角柱」と「星の積もり」と指摘しているそうです。「石の三角柱」とは三角点に埋設される三角点標石のことですね。そして、その指摘も時間の中に埋もれてしまったようです。
さて、三角標とは具体的には何かということは同じ章に記された「三角点」という言葉から、当時の地理の測量方法である三角測量が由来の言葉であることがわかります。明治17年から陸軍が全国的な三角測量に着手し、大正2年にほぼ完了しました。まさに賢治の時代です。
三角測量とは三角形の一辺の距離と二角の角度から三角関数によって他の二辺の距離を計算する方法です。この時に基準となる地点が三角点と呼ばれます。三角点には永久標として三角点標石という柱石などが地中に埋設されます。三角点標石のことを省略して短く言えば「三角標」と言ってしまいそうです。
「三角標」という言葉は一般的ではないため賢治の造語であると記す本もあります。ところが、当時は実際使われていたようで、賢治の造語とは言えないようです。宮城県柴田町舘山の白石川河川の標石には「大正二年」と「三角標」が刻まれており、当時の紀行文の中にも「二等三角標の櫓」などと記されていることが、ウェブサイト「史跡と標石で辿る日本の測量史」に出ています。当時は三角測量の時代であったことから、「三角標」はそれほど特殊な言葉でなかった可能性があります。
実際の測量で経緯儀を用いて観測する時には三角点の上に櫓(やぐら)が組まれました。一般的にはこうした櫓が賢治の言う「三角標」だといろんな本は説明しています。これは三角点標石のような永久標識ではなく、一時標識としての測量標です。
「三角標」は初期形ではもう少し具体的な描写があって、「ひかりがあんなチョコレートででも組みあげたやうな三角標になるなんて」とか、「さうだ。やっぱりあれは、ほんたうの三角標だ。頂上には、白鳥の形を描いた測量旗だってひらひらしてゐる。」とかあり、組み上がったものであると同時に測量に関するものであることがわかります。最終形でも「百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え」と測量であることがやはりわかります。
しかし、櫓と星を結びつけるのはなかなか高度な連想です。何か光るものはないのかと調べたら、一等三角点は40kmも離れた地点なので、櫓に太陽光の反射を用いた回照器やアセチレンガス等で光らせる回光器を設置していたことがわかりました。賢治がこれを見た時に地上に光る星だと思うのは自然ではないでしょうか。この幻想の流れを逆にすれば、空の星の光は櫓へと収束していくことになります。そこでいったんは、三角点とは恒星であり、三角標とは恒星の光であると言えます。
三角測量は三角を次々に設定して三角網を形成することで完成させていきます。右図は一等三角網で、これをもとに更に細かく二等、三等の三角網が作成されていきました。この三角網を眺めていると星座の結ばれた線が想起されます。これらを重ね合わせてみれば、三角点こそが恒星にあたるわけです。しかし、依然として「星」と書かずに「三角標」と記した謎は残ります。
賢治が三角標と書かずに「三角点」と1箇所だけ記したように、実はもう1箇所別の言葉で記された箇所があります。原文はこうです。
だまってその譜を聞いてゐると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋のやうな露が太陽の面を擦めて行くやうに思はれました。
琴の星の場面です。ここでは「太陽」とはっきり星であることが明示されています。ここで記された「太陽」は恒星であり、場面からベガであることが推定されます。こうしたことから、恒星は基本的にすべて三角標としてマーキングされているらしいことがわかります。同時にこれは三角測量された地上と交信しており、ジョバンニが旅している風景はやはり宇宙旅行ではなく、地上の旅として経験されていると言えます。
それは「天気輪の柱」で記された文からも明らかです。
あゝあの白いそらの帯がみんな星だといふぞ。 ところがいくら見てゐても、そのそらはひる先生の云ったやうな、がらんとした冷いとこだとは思はれませんでした。それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のやうに考へられて仕方なかったのです。
第2次稿までは「大犬座」という星座名が出ていましたが、第三次稿からはそれも消え、銀河旅行中は一切星座名は出てこず、それらは「地上の現象」としての風物に変換されて登場することになります。つまり、この旅は「中有」の旅なので、「地上の幻想」なのです。そこにぽっかり星々が浮かんでいてはならないわけです。恒星はすべて「三角標」に変換される必要があったのです。しかし、未完ゆえに「すべて」は変換されず、図らずも物語の背景を僕たちは目撃することができます。
その一方で、三角標という言葉を使っているのはやはり測量しているという意思がどこかにあるような気配を感じます。三角標は第1次稿から第4次稿まで一貫して使われている言葉です。原稿が次々に書き換えられても変わらなかったこの言葉は『銀河鉄道の夜』の基本構想だと言えます。『銀河鉄道の夜』は幾層ものレイヤー(層)からなっており、そのレイヤーのひとつを見せているのが「三角標」という言葉です。背景には大きな「地歴の本」(第3次稿)があって、そこにはすべて記録されているというイメージが浮かびます。
ブルカニロ博士らしき「黒い大きな帽子をかぶった青白い顔の瘠せた大人」が三角標とは何かを解くヒントのような片鱗を与えてはくれますが、それは何を目的としてるのか、また誰が測量しているのか、それをまだ賢治は明らかにしてくれません。ただ、「星めぐりの歌」で説明したように、測量の結果、へび座がへびつかい座を取り込んで、新しいへび座になってもいいことが理解できます。蛇はとぐろを巻くことで蛇の存在をあらわします。
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 銀河鉄道ツアー   三角標 
天気輪の柱
青い琴の星
【第3次稿】
【第4次稿】
こと座のベガ 原文 ジョバンニは青い琴の星が、三つにも四つにもなって、ちらちら瞬き、脚が何べんも出たり引っ込んだりして、たうたう蕈のやうに長く延びるのを見ました。 【第4次稿】 こと座のベガ
8月の20時、こと座の形

M57
M57

夏の大三角
夏の大三角
ベガ
ベガ
第3次稿では琴の星が瞬く様子を二箇所で書いていましたが第4次稿で一文にまとめられました。星座ではなく主星ベガを指しているものと思われます。琴座のα星であるベガは実際青い星です。こういう明るい星は大気の揺れでよく瞬いて見えます。画像は8月の花巻20時の見え方です。「ツアー」では星座全体を瞬かせて表現しています。
ベガは全天で5番目に明るい0等星の星です。七夕伝説の織姫であり、彦星である鷲座のアルタイルは天の川の向こう岸で輝いています。これに白鳥座のデネブを加えると、夏の大三角が出来上がります。また、右上の琴座の図ではベガのすぐ左隣の上下に星があり、線をつなぐと小さな三角形になります。この織女三星が中国では星座になっていて、「織女(しょくじょ)」と呼ばれます。牽牛三星である河鼓(かこ)と対応する形になっています。
琴座β星のそばには惑星状星雲のM57があり、こちらはピンク色をした美しいリングに見えます。賢治はこういう環状星雲を「魚口星雲(フィッシュマウスネビュラ)」(『土神と狐』・『シグナルとシグナレス』)と記しています。『シグナルとシグナレス』ではシグナルからシグナレスへ贈られる「約婚指環(エンゲージリング)」になります。
ここでは「琴」という星座名が使われていますが、第4次稿では地上を離れるこれ以降、星雲、星団、恒星などの天体や星座は何も登場しません。すべて地上の風物に変換されます。
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 銀河鉄道ツアー  
銀河ステーション
銀河ステーション
【第3次稿】
【第4次稿】
はくちょう座61番星 原文 するとどこかでふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云ふ声がしたと思ふといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたといふ工合【第4次稿】 『肉眼に見える星の研究』(吉田源治郎著・警醒社書店大正11年発行)
アルファ・ケンタウリ
ケンタウリはα、βと並ぶ。
左がαケンタウリ。


はくちょう座61番星
はくちょう座61番星
カムパネルラはこの駅で黒曜石の地図をもらっていますが、ジョバンニはもらっていません。ジョバンニは銀河ステーションを過ぎた直後に乗り込んだようです。
原作に駅名はいくつか出てきますが、ここでは「銀河」という一般名なので特別な駅になっているらしく、逆に場所が特定できないようになっています。手がかりは、まもなく白鳥の停車場だという情報だけです。
北十字から南十字に汽車で旅をするという発想はだれしもが思いつくアイデアではありませんが、奇想天外というわけでもありません。しかし、北十字の「そば」から南十字の「そば」までという、妙に具体的な考えには何かきっかけがありそうです。
賢治の天文知識に深いかかわりのある書として知られているのは『肉眼に見える星の研究』(吉田源治郎著・大正11(1922)年発行)です。ここには北十字と南十字が記されているだけでなく、地球からの最近星としてケンタウルス座のアルファ・ケンタウリ、そして2番目としてはくちょう座61番星が紹介されています。白鳥座座61番星はバイエル符号がなく、フラムスティード番号で呼ばれます。
吉田さんはこの本で星見という趣味を「星道楽」と記し、牧師ゆえか「天に十字架がふたつあります」というような筆遣いにも賢治は親しみを抱いたのではないでしょうか。
アルファ・ケンタウリは3重星で、主星A、伴星B、伴星C(プロキシマ)と呼ばれます。2012年、B星には地球とほぼ同じ大きさの惑星が見つかり、地球から一番近い惑星になりました。ただし、恒星であるB星に近い軌道なので高温だそうです。61番星は2重星でA、Bと名付けられています。
原作での乗車位置と降車位置はこの二つの恒星とかなり近接していると言ってもいい符合があります。科学的な話ではないのに、科学にもこだわっている姿も見えてきます。しかし、天に十字架がふたつあり、それぞれ石炭袋と呼ばれる暗黒星雲を抱え、しかも地球からの最近星と2番目の星があるという偶然を利用しない手はありません。賢治は地球にできるだけ近い星からジョバンニを乗車させ、降車させたのだと推測されます。
現代の天文学では、アルファ・ケンタウリ伴星のプロキシマ・ケンタウリが最近星とされています。4.3光年です。白鳥座61番星についてはずいぶん順位を下げて、ベストテンにも入っていません。後で出てくるプロキオンと同じ距離で11.4光年とされています。明るさで有名なシリウスは8.6光年です。白鳥座座61番星はSF作品では人気があってよく登場します。
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 銀河鉄道ツアー 三角標 
ジョバンニの切符
円い板のやうになった地図
【第3次稿】
【第4次稿】
星座早見 原文 そして、カムパネルラは、円い板のやうになった地図を、しきりにぐるぐるまはして見てゐました。まったくその中に、白くあらはされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。
そしてその地図の立派なことは、夜のやうにまっ黒な盤の上に、一一の停車場や三角標、泉水や森が、青や橙や緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。 ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たやうにおもひました。
「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」
 ジョバンニが云ひました。
【第3次稿】【第4次稿】
日本天文学会の星座早見
日本天文学会の星座早見



8月の20時の星空

8月の20時の星空
天の川の左岸が鉄道軌道
ジョバンニが見た気がするというのは時計屋の星座盤です。賢治は星座早見盤を見て構想を練りましたが、南天の星座早見盤の所有については確認されていません。当時日本で発売されていたものは北天の早見盤が1種類だけで、直径31センチの厚紙でできた日本天文学会編・三省堂発行のものでした。画像はかなり後の版ですが、形は同じ物だったようです。しかしながら、ウェブサイト「天文古玩」によるといろんな色のバージョンがあったらしく、色はよくわかりません。したがって、画像はモノクロにしてあります。
原文の説明によると、鉄道は琴座方面ではなく鷲座方面の岸に沿って敷かれていることになります。宇宙旅行で星座早見が役に立つわけはありませんが、ここはやはり北天から見た星空が反映しています。星座早見の窓から見える天の川は直立して北十字は上、南十字は地平線のずっと下にやってきています。右の画像はビクセンの星座早見の窓で、8月の20時の星空です。北天の星座早見ですから南天の星座を見ることはできません。
銀河ステーションでもらった地図は星座早見の形態をとっていますが、黒曜石で堅固に作られているうえに、全天を見渡すことができる地図になっているようです。賢治が「星図」とはせずに「地図」と記したことはやはり地上の風景を旅しているのだという基本的な考えがあるからです。
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 銀河鉄道ツアー  61番星 
北十字とプリオシン海岸
橙いろの三角標
【第3次稿】
【第4次稿】
太陽 原文 ジョバンニは、(あゝ、さうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのやうに見える橙いろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考へてゐるんだった。)と思ひながら、ぼんやりしてだまってゐました。【第3次稿】【第4次稿】 遠くの太陽
カムパネルラにつられてジョバンニがおかあさんを回想する場面です。車窓から振り返って見ると橙いろに見える星があったのでしょう。地球が属する太陽系の恒星である太陽です。惑星である地球には三角標は立たず、ジョバンニにはそれがどこにあるか見えていません。母が自分のことを心配していることを想像するあたりは、ジョバンニが母の愛情に支えられていることがわかります。ジョバンニはそれほど不幸ではありません。
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北十字とプリオシン海岸
その島
【第3次稿】
【第4次稿】
北の石炭袋 原文 その島の平らないただきに、立派な眼もさめるやうな、白い十字架がたって、それはもう凍った北極の雲で鋳たといったらいゝか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立ってゐるのでした。【第3次稿】【第4次稿】 北の石炭袋

白鳥座銀河
南十字を意識した白鳥座の呼び名が北十字です。翼の先まで線を結ばない形になります。「その島」とはどこでしょうか。天の川の暗い部分は陸として描かれているようなので暗い部分を探すことになります。北十字と南十字の偶然について先述しましたが、石炭袋は南十字だけでなく北十字にもあります。左の画像は同じ範囲の星図と写真です。
写真の左端で一番赤い星雲は北アメリカ星雲です。そのすぐ右が石炭袋です。この暗い部分を島と見立てたように思われます。ちょうど十字が交わるγ星の足下でもありますから、十字架を立てるには恰好の位置だと考えたのでしょう。
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 銀河鉄道ツアー プリオシン海岸 
北十字とプリオシン海岸
狐火
【第3次稿】
【第4次稿】
こぎつね座と赤い星雲 原文 向ふ岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがへるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたやうに見え、また、たくさんのりんだうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火のやうに思はれました。【第3次稿】【第4次稿】 こぎつね座
夏の大三角とこぎつね座

右がγ星サドル
右の明るい星がγ星サドル
白鳥座の縁に沿って小狐座があります。ここからの連想で狐火が登場している可能性があります。狐火とはいまだ解明されていない怪光のことです。単独ではなく、いくつも出現するようです。
前項の写真を見てもわかるように白鳥座付近は明るい星や星雲などがたくさん集まっています。赤い星雲もいくつもあります。北アメリカ星雲、ペリカン星雲、網状星雲、そしてγ星付近のIC1318等のたくさんの散光星雲。これらの赤い星雲がこぎつねと結びついて狐火になったのではないでしょうか。特にγ星付近の風景が合いそうです。
小狐座の元はガチョウを咥えた小狐だったため、星座絵にその姿が残っています。そこからこの近辺で登場する「鳥捕り」のイメージと合致するために、鳥捕りは狐の転生あるいは化けたものという説が米地文夫氏によって唱えられています。
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銀河ステーション
白鳥の停車場
【第3次稿】
【第4次稿】
はくちょう座 原文 もうぢき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんたうにすきだ。川の遠くを飛んでゐたって、ぼくはきっと見える。」【第3次稿】【第4次稿】 はくちょう座
言葉通り、はくちょう座です。20分停車する駅です。『春と修羅』にこんな詩句があります。書かれたのは物語に着手する前年です。
  二疋の大きな白い鳥が
  鋭く悲しく啼きかはしながら
  しめった朝の日光を飛んでゐる
  それはわたくしのいもうとだ
  死んだわたくしのいもうとだ
  兄が来たのであんなにかなしく啼いてゐる

「ぼく、白鳥を見るなら、ほんたうにすきだ」と言うのは賢治なのかもしれません。
はくちょう座付近は銀河旅行の滑り出し部分ですから、ゆったりとした進行で描かれています。銀河鉄道の汽車はあまり停車しないのに、ここで停車したわけはプリオシン海岸へ降りるためだったようです。白鳥区の終わりに行くまでいろいろな場面が続きます。
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 銀河鉄道ツアー プリオシン海岸 
北十字とプリオシン海岸
プリオシン海岸
【第3次稿】
【第4次稿】
白鳥座付近 原文 その白い岩になった処の入口に、〔プリオシン海岸〕といふ、瀬戸物のつるつるした標札が立って、向ふの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干も植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 【第3次稿】【第4次稿】
斎藤文一氏の説
斎藤氏の説

網状星雲

ギェナーと網状星雲

網状星雲

スクープ
「海岸」と名付けられていますが、ここは元海岸であって実際は川岸になっています。これはやはり北上川に「イギリス海岸」を作ってしまった賢治ならではの発想でしょう。その証拠になるのが「プリオシン」という名称です。
「プリオシン」は新生代第3紀鮮新世のことで、約2百万年から5百万年前の地質時代を指す言葉です。賢治が北上川下小舟渡西岸に名付けたイギリス海岸ではこの時代の化石がよく見つかるのだそうです。ただし、現在の研究ではイギリス海岸は第四紀更新世(プライストシン、約2百万〜1万年前)の地質だと考えられています。うちのサイト名も「プライストシン海岸」となった可能性があったわけですね。間違いがあって良かったです。
イギリス海岸と対照した斎藤文一氏の説では、わし座に入り込んだ位置になっています。しかし、プリオシン海岸はたった20分停車の白鳥の停車場からの徒歩ですし、まだアルビレオを見る手前ですから、白鳥区の中に入れて考えた方が無難かと思います。
白鳥座ε(イプシロン)星ギェナー近くに網状星雲というベールのように淡い星雲があります。英語では実際 Veil (ベール)Nebula(星雲) と言います。
(下の写真は網状星雲の明るい部分です。そばに写っている明るい星はギェナーではありません)
「網」という名称や、海岸に波が打ち寄せるかのような姿は、白鳥座にプリオシン海岸を持ってきたヒントを示しているようにも思われます。網状星雲が当時どの程度知られていたのかはわかりません。では、プリオシン海岸は網状星雲の位置かと問われれば、そうではないでしょう。ヒントになったかもしれないけれど、やはり十字が交わるγ星サドルと白鳥のくちばしにあたるβ星アルビレオの途中、つまりη(エータ)星周辺にあると考えるのが妥当だと思います。
なお、この場面では「ボス」とか「スコープ」とかいう不明語があります。ボスとは本文中で「牛の祖先」と説明されているとおり、牛の学名が由来のようです。学名はラテン語表記になっているので、Bos taurus (ボース・タウルス)です。野生の牛などを含むウシ属は Bos となります。
「スコープ」は一般的にスコップと説明されたり、古い本ではスコップと修正されたりしていましたが、文脈からは移植ゴテのようなものと思われます。大学士が注意深くやるように指示しているのに、スコップやシャベルのような大きなもので掘り返されたらたまりません。そう考えると英語の scoop が由来になりそうです。これは掘るというよりは掬(すく)う道具です。つまり、間違いでも言葉の変成でもなく、編集者が知らなかっただけのことです。今では違う使われ方で日本語に根付き「特ダネをスクープした」とか使われています。ちなみにスコップはオランダ語 schop 由来です。
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 銀河鉄道ツアー プリオシン海岸 
鳥を捕る人

【第3次稿】
【第4次稿】
つる座 原文 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまへる商売でね。」
「何鳥ですか。」
「鶴や雁です。さぎも白鳥もです。」
「鶴はたくさんゐますか。」
「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」
【第3次稿】【第4次稿】
つる座


天の川とつる座
南天の星座なので馴染みのない星座です。南の空の地平線上に現れます。その上の南の魚座のフォーマルハウト(光度1.2等)が目立ちます。アルナイルは鶴座のα星(光度1.7等)です。
天の川からずいぶん外れています。しかし、鳥捕りの登場を促す役割を果たすため、あるいは鳥捕りの獲物となるために鳥の星座は広く集められています。ましてや鶴は日本にはなじみ深い鳥です。停車駅とかかわる星座は天の川近辺である必要がありますが、そうでない星座についてはかなり広く取り上げられていると考えていいと思います。
また、鶴は「ジョバンニの切符」で登場するインデアンたちの獲物にもなっています。北米にも鶴はいるのだろうかと思う人がいるかもしれませんが、昔は広く棲息していました。
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 銀河鉄道ツアー プリオシン海岸 
ジョバンニの切符
アルビレオ
【第3次稿】
【第4次稿】
はくちょう座
アルビレオ
原文 「もうこゝらは白鳥区のおしまひです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」
(中略)
その一つの平屋根の上に、眼もさめるやうな、青宝玉と黄玉の大きな二つのすきとほった球が、輪になってしづかにくるくるとまはってゐました。
(中略)
たうたう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環とができました。それがまただんだん横へ外れて、前のレンズの形を逆に繰り返し、たうたうすっとはなれて、サファイアは向ふへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのやうな風になりました。
【第3次稿】【第4次稿】
アルビレオ

アルビレオの写真
左がアルビレオB、右がA


サファイアとトパーズ
白鳥座のくちばしになっているβ星です。ということは2番目に明るいはずなのですが、実は白鳥座の中で5番目に明るい星です。図をみてもわかると思います。デネブは1等星です。北十字を構成する他の星々、すなわち、サドル・ギェナー・白鳥座デルタ星は2等星。アルビレオは3等星になります。名付けた当時は目視でしたし、コンマ以下まで考慮できる環境になかったために正確な符号にはなっていません。
原文通り、アルビレオは二重星です。双眼鏡で観測できます。3等の主星に5等の伴星が寄り添っています。そうは言ってもかなり離れているので見かけの二重星と思われていましたが、衛星観測で共通の重心を持つ連星であることがわかっています。賢治の文学的な美しい表現が科学に沿ったものになってしまったわけですね。銀河鉄道ツアーを作った当時はそれを知りませんでした。参考文献にあげた星の手帖 vol.49(1990年発行)でも見かけの二重星と説明されています。
星の美しさが有名で「北天の宝石」と呼ばれることがあります。写真で見ても同じような星の色です。青宝玉はサファイア、黄玉をトパーズと言い換えられて美しい情景が続きます。
実は1979年にアルビレオAのすぐそばに伴星が発見されて、結局アルビレオは3重連星であることが明らかになっています。
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 銀河鉄道ツアー アルビレオの観測所 
ジョバンニの切符
鷲の停車場
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
わし座α星
アルタイル
原文 「もうぢき鷲の停車場だよ。」カムパネルラが向ふ岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較べて云ひました。【第2次稿】【第3次稿】【第4次稿】 わし座アルタイル
アルタイルのα、β、γ星
ここからは第2次稿の原稿も残っています。さて、順番から言っても白鳥座のそばにある鷲座しかありません。上の引用文は青じろい三角標のところに停車駅があることを示しています。しかし、この停車場の描写はなく、停車した様子もないので通過駅となったようです。第2次稿では鷲の停車場を確認する場面が残っています。しかし、その時はもう通り過ぎた後でした。 「過ぎた。さっきあの人が船のはなししてゐた時だ。」
タイタニック号が沈没した話をしている時に通り過ぎたことがわかります。第3次稿ではこの場面が消えます。賢治には隠すことにどういう意図があったのでしょうか。
この停車場の前に鳥捕りが消えています。鳥捕りはどこでも乗降できる技を習得しているので駅で降りる必要もありません。
先述したようにアルタイルは夏の大三角の1角の星です。アラビア語で「飛翔する鷲」を短く言ったものです。β星とγ星がそばで輝いているので、これが「三つならんだ小さな青じろい三角標」と表現されているようです。彦星(牽牛星)であり、賢治もこの有名な星を手堅く押さえたということだけでなく、七夕祭との関連からどうしてもいれておきたい星だったはずです。中国ではこの牽牛三星が星座となっていて、河鼓(かこ)と呼ばれます。
ここの停車場は大ざっぱに鷲座付近とするよりはアルタイルと焦点を定めてもいいようです。
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 銀河鉄道ツアー 鷲の停車場 
 
ジョバンニの切符
狼煙
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
のろし
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
星雲 原文 向ふの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈のやうでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のやう、そこからかまたはもっと向ふからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のやうなものが、かはるがはるきれいな桔梗いろのそらにうちあげられるのでした。
【第2次稿】【第3次稿】【第4次稿】
「わたり鳥へ信号してるんです。きっと射手のとこからのろしがあがるためでせう。」
【第1次稿】
そのときまっくらな地平線の向ふから青じろいのろしがまるでひるまのやうにうちあげられ汽車の中はすっかり明るくなりました。そしてのろしは高くそらにかゝって光りつゞけました。「あゝ マジェランの星雲だ。
【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】
桔梗の花
桔梗の花

夏の大三角付近の銀河
夏の大三角付近の銀河

白鳥座サドル周辺の星雲
白鳥座デネブ・サドル
周辺の星雲
ジョバンニたちは地上のような風景の中を旅していますが、空はさすがに空色ではなく、「桔梗(ききょう)いろ」になっています。「狼煙」のヒントは初期形の原稿にありました。物語の終わり近くにのろしの正体を「マジェランの星雲」と教えてくれているのでした。第4次稿でこの文は消えますので、「星雲」も隠されることになります。
星雲イコール狼煙と考えますと、「さまざまの形のぼんやりした狼煙のやうなもの」という形容は、肉眼で星雲を見る天文ファンには納得のいく表現でしょう。もっとも星雲は見ても狼煙を見たことがある人はほとんどいないと思いますけれど。
最初の引用文の汽車が走っている位置で言えば夏の大三角の中にあたるとおもわれます。このあたりには他の項目で解説しているようにたくさんの星雲があります。特にデネブからサドルにかけては明るい星雲がたくさんあり、位置関係から言えばたぶんサドル周辺の細かい星雲を描写したのではないかと思われます。
2番目の引用文は射手座のところです。この文は後に変化していきます。「射手」の項目で説明するようにここでもやはり有名な星雲があります。狼煙はやはり星雲でしょう。
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ジョバンニの切符
青い森の中の三角標
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
こと座のベガ 原文 川下の向ふ岸に青く茂った大きな林が見え、その枝には熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまぢって何とも云えずきれいな音いろが、とけるやうに浸みるやうに風につれて流れて来るのでした。
 青年はぞくっとしてからだをふるふやうにしました。
 だまってその譜を聞いてゐると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋のやうな露が太陽の面を擦めて行くやうに思はれました。【第2次稿】【第3次稿】【第4次稿】
(中略)
向ふの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌のふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱してゐるらしいのでした。
【第3次稿】【第4次稿】












こと座のベガ
8月の20時、こと座の形


ベガ
ベガ


オリーブの林
オリーブの林

アンドレア・マンテーニャ『ゲツセマネの祈り』
アンドレア・マンテーニャ
『ゲツセマネの祈り』




主よ みもとにちかづかん
のぼるみちは十字架に
ありともなどかなしむべき
主よみもとにちかづかん
(第2次稿)










ベガと太陽 

ベガと太陽

『スタートレック』 Vega IX.
Star Trek, Vega IX
「青い森の中の三角標」という言葉自体は次項の「かささぎ」よりも後で記されるのですが、「かささぎ」の登場以前に青い林や森の風景が描写されるのでここに置きました。第3次稿では後で説明する「琴の宿」という言葉が登場して、琴座を描いていることを明らかにしていました。しかし、第4次稿ではその部分が削られ、意図的に隠されたように思われます。またその削られた部分には「女の子」によって「孔雀」も想像されており、孔雀座の解釈を難しくしています。
琴座の四辺形部分を林や森に見立て、離れたところで明るく輝くベガを「その林のまん中に高い高い三角標が立って」と表現しているようです。森を青いという形容は一般的ですが、ここはやはりベガの星色からの連想だと考えていいと思います。「天気輪の柱」ですでに「青い琴の星」として登場していますから、賢治はベガを青い星と認識していました。
また、「青い森」は後に「青い橄欖の森」と言い換えられています。橄欖(かんらん)はその名の木がありますが、オリーブの誤訳として使われた経緯もあり、ここではオリーブと考えられています。旧約聖書のノアの方舟の物語で洪水後に鳩がオリーブの小枝を持ち帰ったり、天使ミカエルやガブリエルがオリーブの小枝を持っていたり、儀式での香油やオリーブ山など、キリスト教には馴染みの深い植物です。
オーケストラベルは鉄琴の一種です。ジロフォン(xylophone)とはシロフォン、木琴のことです。ここにも「琴」を見つけることができます。賢治の遊びのようなものでしょうが、これらの言葉の当時の認知度を考えると、「琴」を隠そうとする気持ちがうかがえます。
この場面の風景描写は非常に丁寧で、車内で賛美歌が歌われることも考えると、停車場のひとつと考えていいのかもしれません。しかし、停車した気配はありません。これは「小さな停車場」の時刻描写からも言えそうです。
賛美歌は第2次稿で「主よみもとの歌」と書かれて歌詞まで出ているので、〔約二字分空白〕の箇所には「306」が入れられることになります。現在は番号が変更されており、その賛美歌は320番の『主よ 御許に近づかん』です。タイタニック号の沈没時に繰り返し演奏された曲としても有名です。教会に通った賢治にとってもなじみのある歌だったのでしょう。「讃美歌」という言葉は残されましたが、キリスト教と断定できる具体的な歌名は隠されることになります。
また、「太陽」という言葉が登場していますが、これは恒星のこと、つまりベガのことです。ここはとても幻想的な場面になっています。ますむらひろし氏の鉄路も岸に沿って描かれているように、線路は天の川の岸に沿って走っていることになっています。しかし、この場面での描写はあきらかにベガの近くです。3次元世界で考えるなら天の川の岸辺と琴座の両方に位置することができませんが、不完全な幻想第四次の世界ですからまるで問題ないでしょう。ちょうど天の川が円柱状に流れていて、岸辺がトンネル状にかぶさっていると考えてみてください。汽車は直線で走っているのではなく、時々螺線(らせん)で走っているようです。だから、アルビレオの観測所もはるか彼方で見ているような描写ではなく、目前で見ているかのような描写になっています。
「太陽」と記されたベガと太陽系の太陽を比較してみた画像が右です。太陽の2倍ほどの高温なので青白く見えています。また太陽系の太陽の自転速度は緯度により異なり、27日〜31日程度ですが、ベガは12.5時間という高速で自転しています。大きな星ですから大変なことで、壊れそうなほどなのです。周りでは惑星系ができつつあると考えられています。
SF『スタートレック』ではこの星域が登場しており、コロニーがあるらしい。距離25光年です。
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 銀河鉄道ツアー 青い森の中の三角標の駅 
ジョバンニの切符
かささぎ
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
こと座近くの天の川岸 原文 「まあ、あの烏。」カムパネルラのとなりのかほると呼ばれた女の子が叫びました。
「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラが また何気なく叱るやうに叫びましたので、ジョバンニはまた思はず笑い、女の子はきまり悪さうにしました。まったく河原の青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってぢっと川の微光を受けてゐるのでした。【第3次稿】【第4次稿】


かささぎ


ベガとアルタイル
「からす」と言った女の子もあながち間違っているわけではありません。カチガラスとも呼ばれるカラス科の鳥なのですから。鏡を認識できる知性を持っているとされます。カラスより小型で胴の一部が白く、翼の先も白くなっています。古代の日本にはいなかった鳥です。ここはカムパネルラが何かに苦しみ女の子に八つ当たりしている表現です。それにしてもかささぎのような白黒の鳥をからすと間違えることなどあるうるでしょうか。
ここでかささぎが登場するのはいわゆる七夕伝説に基づくものと思われます。織姫(織女星)と夏彦(彦星・牽牛星)は1年に一度会うことを許されましたが、天の川に橋を架けてくれるのがかささぎとされています。ここでかささぎが登場するということはかささぎが琴座周辺にいるということです。かささぎたちは彦星(鷲座アルタイル)にくちばしを向けて、織姫(琴座ベガ)のそばで時が満ちるのを待っているかのようです。
中国では白鳥座をかささぎの橋と見立てるようです。また白鳥の翼部分の星並びは船に見えることから天の川の船着き場とされ、「天津(てんしん)」という星座になっています。
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ジョバンニの切符
琴(ライラ)の宿
【第1次稿】
【第2次稿】
こと座 原文 「あの森ライラの宿でせう。あたしきっとあの森の中にむかしの大きなオーケストラの人たちが集ってゐらっしゃると思ふわ、まはりに青い孔雀やなんかたくさんゐると思ふわ。」
【第2次稿】
キトラ古墳壁画の星宿
キトラ古墳壁画


こと座の絵
こと座の絵


西方白虎(部分)
西方白虎(部分)
ここから第1次稿の原稿も残されています。賢治は「琴」に「ライラ」とルビを振っています。ライラ(Lyra)とはラテン語の英語読みで琴座のことです。『ライラの冒険』(フィリップ・プルマン著)の主人公ライラ(Lyra Belacqua)と同じ名です。
宿とは星宿のことだとされています。星宿と言えばキトラ古墳に描かれていた天文図で有名になりました。言うまでもなく古代日本では中国の天文知識を取り入れていました。
星占いで用いられる西洋の「黄道十二宮」は12星座に基づきます。中国では二十八宿という天の赤道を分割したものがあり、やはり28星座が元になっています。つまり、星宿とは星座のことです。西洋ではもともとこの星座は琴ではなく鳥だったようです。
「琴の宿」という言葉は第3次稿では消えてしまいます。賢治は星座を隠していますから、「座」ではなく、いったんは「宿」を使ってみたのでしょう。しかし、南欧を舞台にした物語のはずですから、東洋の「宿」もふさわしくないと考えたのかもしれません。『なめとこ山の熊』では日本の山奥の話なので、逆に「星座」の知識は用いずに二十八宿を用いています。例えば最後の印象深い一文、「ほんたうにそれらの大きな黒いものは参(しん)の星が天のまん中に来てももっと西へ傾いてもぢっと化石したやうにうごかなかった。」では参宿が登場しています。これはオリオン座の真ん中の三つ星です。他にも「胃(コキエ)」とか「すばる(昴)」も登場しています。
さて、「琴の宿」という言葉が消えても、ここに駅があったことの痕跡は残されています。停車したという表現もありませんが、琴座らしく楽器の音が聞こえる駅でした。これは地上部分で銀河鉄道へと幻惑する役割を果たす重要な星座であるために消したのかもしれません。また、琴座に立ち寄ると逆行するように見えてしまうことに気づいたためか、あるいは白鳥区付近で物語の時間を使いすぎてしまうと考えたからかもしれません。SFを書くことはなかなか大変です。
α星ベガについては先述しました。
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ジョバンニの切符
孔雀
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
くじゃく座 原文 「あ孔雀が居るよ。」
「えゝたくさん居たわ。」女の子がこたえました。
ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのやうに見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとぢたりする光の反射を見ました。【第4次稿】
貝ボタン

貝ボタン



くじゃく座
ここはまだ遠ざかる青い森を振り返って見ている場面です。「貝ぼたん」は貝殻を削って作られたボタンのことです。昔は貝殻で作っていました。明治20年代から昭和40年代ぐらいです。もちろん今でも作られてはいます。
前項の「琴の宿」は削除されましたが、「孔雀」は残りました。この孔雀の発想も孔雀座からのもと思われますが、孔雀座の位置は考慮されていません。(軌道図参照) それゆえ、なぜ琴座に孔雀がいるのかという疑問が湧きます。なじみのない星座であり、天の川から少し外れていることもあり、考慮に値しないと判断したのでしょうか。
α星はピーコック(peacock 孔雀)と呼ばれ、星座の名前そのままです。これは英語由来の唯一の恒星名となっています。
この場面は直接孔雀を描くのではなく、羽の光の反射から想像させる幻想的な描写になっていて、読者の想像力を試されます。なんだか退屈だと思う読者と、なんと美しい場面だろうかという読者に分けられます。
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ジョバンニの切符
海豚
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
いるか座 原文 ところがそのときジョバンニは川の遠くの方に不思議なものを見ました。それはたしかになにか黒いつるつるした細長いものであの見えない天の川の水の上に飛び出してちょっと弓のやうなかたちに進んでまた水の中にかくれたやうでした。
(中略)
「海豚です。」カムパネルラがそっちを見ながら答へました。【第1次稿】【第2次稿】
いるか座
なかなか美しいシーンなのですが、第3次稿ではすっかりカットされます。次の項の引用原文のように、第3・4次稿では「海豚」という言葉だけ中途半端に残されます。
イルカは海の神ポセイドンの使者とされます。星座に菱形の部分があり、これを「ヨブの棺(ひつぎ)」と呼んでいます。ヨブとは旧約聖書ヨブ記の人です。
日本では菱星と呼ばれました。また尾にあたる星はデネブと呼ばれます。一般的にデネブは白鳥座の尾にあたる星ですが、アラビア語の「尾」の意味なので、鯨座や鷲座でも用いられています。いるか座にはあまり明るい星はありません。
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ジョバンニの切符
くぢら
【第1次稿】
【第2次稿】

【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
くじら座 原文 「あなたくぢら見たことあって。」
「僕あります。くぢら、頭と黒いしっぽだけ見えます。」「くぢらなら大きいわねえ。」「くぢら大きいです。子供だっているかぐらゐあります。」【第1次稿】【第2次稿】
中略
(カムパネルラ、僕もう行っちまふぞ。僕なんか鯨だって見たことないや)【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】【第4次稿】
くじら座


ケートス
天球内から見た図
フラムスチード天球図譜

ケートス
天球外から見た図
ヘベリウス星座図絵
「いるか」につられて登場する話題です。「くぢら」の方は第3次稿で消えます。漢字の「鯨」は第1次稿からずっと最後まで残りましたが、第3・4次稿で鯨は話題に上るだけで実際には登場しません。天の川からはずいぶん離れた星座です。今風にクジラらしい絵を描くこともありますが、この異形の形が一般的です。鯨というより、神話にもとづく海の怪物ケートスですからね。頭部が犬に似ているから鯨よりアシカに近い怪物です。向きが逆になっている星座絵は「星座の図」で説明したように、天球外から描いていた時代のもの(下)と天球内から描く現代に繋がった時代のもの(上)です。
α星はメンカルです。しかし、この星座で一番明るいのはβ星デネブ・カイトスで、2等星です。ο(オミクロン)星ミラは変光星として有名です。331.65日周期で2等から10等まで光度が変化しますから、デネブ・カイトスと並ぶ明るさになる時期もあれば、消えたように見えなくなる時期もあります。また、鯨座には地球に近い星がいくつかあります。例えば連星ルイテン726-8は8.7光年の距離です。
やはり地球に近いΤ(タウ)星は11.9光年で、太陽に近い恒星だとされています。そのためSF作品で人気の星となっていて、地球外知的生命体探査計画であるオズマ計画のターゲットとなった星でもあります。惑星存在の可能性があったからです。実際、2012年末に発表されたところでは、タウ星には5つの惑星があり、そのひとつはハビタブルゾーンにあるとのことです。ハビタブルゾーンとは水が液体として存在できる領域です。
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ジョバンニの切符
川は二またにわかれ
【第1次稿】
川は二つにわかれ
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
銀河の暗黒帯 原文 その窓の外には海豚の形ももう見えなくなって川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛い服を着て赤い帽子をかぶった男が立ってゐました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号してゐるのでした。
【第2次稿】【第3次稿】【第4次稿】
銀河の暗黒帯



かみのけ座のNGC4565銀河
NGC4565
第1次稿では「二また」で、それ以降は「二つ」になっています。それだけの違いです。しかし、推敲後の表現の方がいいと思います。
天の川を忠実に描写しています。銀河の帯は光らない天体の集合領域である暗黒帯によって中心線付近が薄くなって二つの帯に分かれて見えます。
カムパネルラの星座盤の場面では「白くあらはされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした」とあります。星座早見を8月頃に合わせてみれば南の地平線から天頂に向けて銀河が立ち上がってくるのがわかります。その左側ですから、鉄道は軌道図で描いた天の川の下側の川沿いに走ることになります。上側は暗黒帯で途切れているので自然な選択です。
僕たちは自分たち属する銀河を外から見ることはできませんが、かみのけ座のNGC4565銀河を見ると、よく似た構造をかいま見ることができます。
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ジョバンニの切符
射手
【第1次稿】
【第2次稿】
射手座 原文 「あの人鳥へ教へてるんでせうか。」女の子がそっとカムパネルラにたづねました。「わたり鳥へ信号してるんです。きっと射手のとこからのろしがあがるためでせう。」カムパネルラが少しおぼつかなさうに答へました。【第1次稿】 いて座

いて座の散光星雲


いて座の散光星雲
M8    M20   M17
第2次稿では「のろし」が「鉄砲」に書き換えられ、第3次稿ではまた「のろし」に戻されます。また、「射手」は第3次稿で消えてしまい、「きっとどこからかのろしがあがるためでせう。」と射手座が隠されることになります。また、直接に次の場面の「射手」の登場を予感させない表現になりました。しかし、「射手」は消えても、次の場面でインデアンが射手として登場しているので、内容として「射手」は存在し続けます。
「鉄砲」という言葉が出たことで、この場面は交通整理ではなく射手から鳥を守るためだとわかります。「するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんといふ潰れたやうな音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました」という文はどうも川下に遮断機のようなものがあるらしいこともわかります。しかし、なぜこの鳥たちが守られるのかは、鳥捕りが鳥を捕るわけとも密接に絡む謎のひとつでもあります。
どういう考えがあったのか「のろし」は一度は鉄砲に書き換えられましたが、またのろしに戻ったのは射手座の姿が意識されたと考えてもいいのでしょう。
射手座は弓を射るケンタウロスの姿で描かれ、星座の中に含まれる南斗六星で知られる星座です。北斗七星と同じようなヒシャクの形が入り込んでいます。中国の道教では北斗と南斗は重要な対の概念です。マンガ『北斗の拳』はこうした概念がモチーフになっています。
射手座には有名な星雲があります。μ星付近で干潟星雲(M8)、オメガ星雲(M11)、三裂星雲(M20)という散光星雲が美しいです。鷲星雲(M16)も近くにありますが、これは蛇座に属します。第3次稿まで登場していた「マジェランの星雲」を「のろし」として表現していたので、これらの星雲も「のろし」として表現されていると考えられます。
銀河の説明で先述したように、僕らの銀河系の中心方向は射手座にあります。それがわかったのは戦後です。 そして中心にある天体がSagittarius A*(いて座エー・スター)です。
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ジョバンニの切符
小さな青い火
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
いて座球状星団
M22
原文 あすこの岸のずうっと向ふにまるでけむりのやうな小さな青い火が見える。あれはほんたうにしづかでつめたい。僕はあれをよく見てこゝろもちをしづめるんだ。
【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】 【第4次稿】
いて座σ星ヌンキ
中央の青い星がヌンキ
南斗六星のひしゃく部分

球状星団M22
球状星団M22
なんでもない記述なので通り過ぎてしまうところです。この語が取り上げられているのを見たことがありません。しかし、逆になんでもないところで青い火と言われれば何かの天体と考えるのが自然でしょう。
射手座の岸辺で青い火と言われれば、やはりこれはヌンキと思いたいところです。ヌンキとは「海のしるし」という意味ですから、その色がわかるというもの。星の表面温度は2万度という高温です。220万光年離れていて、光度は2等です。しかし、「けむりのやうな」という修飾が気にかかります。ヌンキのような恒星ではない可能性があります。
星雲はすでに狼煙(のろし)として描かれているし、小さな火とされているので星団と考えるのが妥当かもしれません。ちょうど射手座には南斗六星のそばに夜が暗い当時なら肉眼で見られる大きい球状星団M22があります。これなら天の川に岸辺に更に近づきます。青く見えるかどうかは人によりけりでしょうか。 太陽系に近い星団で、双眼鏡では見応えがあります。直径は約110光年。十万個前後の恒星が集合していると推測されています。
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ジョバンニの切符
小さな停車場
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
北アメリカ星雲? 原文 そのとき汽車はだんだんしづかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。
その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子は風もなくなり汽車もうごかずしづかなしづかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。
(中略)
さうさうこゝはコロラドの高原ぢゃなかったらうか、ジョバンニは思はずさう思ひました。
【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】 【第4次稿】
転轍機

転轍機

コロラド高原の峡谷
コロラド川

北アメリカ星雲


北アメリカ星雲とペリカン星雲
北アメリカ星雲とペリカン星雲
なかなか停車しない汽車ですが、不思議にも「小さな」停車場で止まります。名もない停車場です。しかし、時刻ははっきり記されています。この時刻の明示を考えると時刻が記されなかった駅はやはり停車していないと考えられそうです。この問題は「傾斜」の項目で考察します。
「てんてつ器」とは線路を切り換える転轍機のことです。きっとだれも気にしない物体ですが、銀河鉄道の軌道が1本ではありませんよということを示唆しています。別の線路はどこへ向かうのでしょうか。
コロラド高原はアメリカ合衆国南西部にある高原で、コロラド川が流れています。浸食によって作り出されたグランドキャニオンなどで有名な峡谷群もあります。
こういう風景が描かれるので連想するのはやはり白鳥座にある北アメリカ星雲です。数ある星雲の中でも北アメリカ星雲はとても見栄えのする赤い星雲です。その名称に誰もが納得する形ですし、賢治もどこかで取り入れたかったことと思います。しかし、白鳥座付近は見栄えする天体がたくさんあって、白鳥区にはこれ以上詰め込むことができなかったはずです。タイタニック号の乗客の目的地であった北アメリカやインディアンのことから、コロラド高原は引き出されてきたと思われます。
銀河鉄道はいつも決まった風景の中を走ってはいません。いつも違った風景の中を走っています。それは乗客となった人々の共同幻想が生み出す風景だと考えられるため、乗客によって風景も線路も変化するのでしょう。ここはタイタニック号の犠牲者たちが招き寄せた風景なのだと思います。
ですから、北アメリカ星雲の位置とは関係なく、場面としてひとつのヒントになったと考えてもおかしくはないと思います。位置は経過時間や前後に登場する星座を考慮すると射手座あたりということになるのでしょう。
北アメリカ星雲ははくちょう座のデネブのすぐそばにあります。すぐ右側にはペリカン星雲もあり、並んでいます。
しばらくの間、時間が出てきていませんでしたが、すでに時刻は第二時になっています。汽車は坂でスピードアップして第三時到着を予定する南十字へと走っていきます。
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ジョバンニの切符
インデアン
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
インデアン座 原文 新世界交響楽はいよいよはっきり地平線のはてから湧きそのまっ黒な野原のなかを一人のインデアンが白い鳥の羽根を頭につけたくさんの石を腕と胸にかざり小さな弓に矢を番えて一目散に汽車を追って来るのでした。
【第2次稿】【第3次稿】 【第4次稿】
インディアン座

NGC7090
NGC7090
第1次稿は少し文が異なります。すっかり南天に入っています。日本では地平線にかかる星座ですからほとんど見られません。明るい星もありませんが、ε(イプシロン)星は11.8光年という近い星です。また渦巻き銀河NGC7090(画像では★の位置)が有名です。
インディアンが登場するのは次項の原文からコロラド高原であるらしいことがわかります。これはジョバンニが学校で習った地理知識なのか、カムパネルラの地図に刻んであったのかよくわからないところです。『新世界交響楽』とは交響曲第9番ホ短調作品95『新世界より』というドヴォルジャークの1893年作品です。チェコの人ですが、アメリカ滞在中の作品です。当時、アメリカはまだ新世界だったんですね。賢治はこの曲の替え歌を作るほど好きだったようです。
ところが、加倉井厚夫氏によると、当時は「インデアン」ではなく「インド人」と誤訳している天文書がほとんどだったそうです。賢治はどうやって正しい訳の「インデアン」にたどりついたのでしょうか。当時としては驚くほどの情報を得ていた彼だけに、それほど難しいことではなかったのかもしれません。「インデアン」は星座とは無関係に着想した可能性は残りますが、次項でその疑問を払拭したいと思います。
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ジョバンニの切符
傾斜
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
北天から南天への境界 原文 「えゝ、もうこの辺から下りです。何せこんどは一ぺんにあの水面までおりて行くんですから容易ぢゃありません。この傾斜があるもんですから汽車は決して向ふからこっちへは来ないんです。そら、もうだんだん早くなったでせう。」さっきの老人らしい声が云ひました。
【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】 【第4次稿】


















ますむら・ひろし氏の描く鉄路
ますむら・ひろし氏の描く鉄路

銀河を側面から見る
銀河側面の想像図

インディアン座

半球形の天蓋
半球形の天蓋






インデアン座

地平線にかかるインデアン座


花巻とローマの比較
花巻     ローマ
8月20日20時
取り上げられることが少ない語です。傾斜は下り坂になっています。物語ではもう一箇所下り坂が出てくる場面があります。四章の「ケンタウル祭の夜」で、ジョバンニが町の坂を下りてきます。この場面との照応を考慮して考察する方もいます。しかし、天上と地上との照応はいろんな場面で見られることなので、ここでは文学的な読みはせず、「傾斜」の元になった事柄を探ります。
この傾斜は実際に天の川に沿っていると説明する方もいます。それはどういう図法で描かれた天の川なのかわからないこともあるのですが、僕にはそうは見えないです。天の川の左岸に沿って走ってきたので、それは天の川を水平として視てきたわけです。ここに至って突然天の川を垂直視しなければならない理由がわかりません。
ますむら・ひろし氏の描く『銀河鉄道の夜』に掲載された鉄路では高原あたりが一番上に来るように描かれていて、天の川が下降を始める地点に「下り坂」と記されています。どういう理由なのかはわかりませんが、高原までが上り坂、そこからが下り坂というようにも読めます。別に意味はないのかもしれません。この図は当てずっぽうに描かれているわけではなく、地球上のある地点ではこのように見える時刻があります。ただし、言うまでもなく賢治の星座早見では再現不可能です。
銀河の中心は射手座にありますから、横から見たレンズ状の銀河であるとするならば、射手座付近が一番厚い層になります。つまり、射手座までが上り坂になり、そこからは下り坂になります。みなさん、そういうことを言いたいのかも知れません。しかし、この下り坂の理由は「高原」を上ったからに過ぎません。銀河ステーションから上り坂を走ってきたとはどこにも書かれていません。逆流を防ぐ弁のように、この高原は境界としてそびえています。だから、ただの坂ではなく、一気に駆け下りる急坂になっています。
推定欄に記したように、答えはもっと単純です。軌道図に北天から南天への空へ移る境界を破線で描きました。これを見ると、ちょうどインデアンが消えてケンタウルの村へと向かう境界にあたるのです。「銀河に鉄道を敷く方法」ページの第2図を見てもらうともっとわかりやすいかもしれません。実際はケンタウルの村へ到着する前に蠍座のアンタレスが登場してはいますが、境界線で風景が切り取れないように広い幅があるわけで、問題はないでしょう。
ここは古代の宇宙観が反映しており、半球形の天蓋(てんがい)が水平線と接する向こう側は不可知の領域です。そこまで船が行って向こう側に落っこちるみたいな感じでしょうか。賢治はそれを「傾斜」と名付け、いわば中有(ちゅうう)世界のひとつの境界として描いたのだと考えます。
実際、ここまでに白鳥の停車場、鷲の停車場、青い森の中の三角標、小さな停車場といくつか駅はありましたが、人々が下車した気配はありません。白鳥の停車場ではたくさんの人が下車してはいますが、「ぼくたちも降りて見やうか。」という台詞から途中下車の可能性が高いです。人々はサウザンクロスでやっと下車しました。しかし、ここは終点ではありません。「汽車の中はもう半分以上も空いてしまひ」とあるように、まだ半分近くもの人々がどこかを目指しているのです。
死者たちはこの傾斜の向こうをめざします。そして、「決して向ふからこっちへは来ないんです」。だからこそ、ジョバンニは特別な切符を持つことになりました。そして、ジョバンニが帰還することになる逆方向地点はやはり南天から北天への境界なのです。こちらの境界については「大犬座のまばゆい三角標」の項で触れます。
星座早見で見れば、インデアン座は地平線にかかっています。つまりこの地平線が原文の「あの水面」に一致することになります。物語は南欧が舞台になっているから、それでも問題はないのかという疑問を持つ方もいらっしゃるでしょう。南欧は東北地方とほぼ同じ緯度なので同じように見えます。(「『銀河鉄道の夜』はいつか」を参照)
この傾斜について語られる箇所は第1次稿から第4次稿まで一文字も推敲の筆は入っていません。賢治が確固とした構想として持っていたことがうかがえます。そして、この説が正しければ、前項で触れたように「インデアン」はインデアン座由来であるということができます。
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ジョバンニの切符
大きな鮭や鱒
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
みなみのうお座?
うお座?
原文 その時向ふ岸ちかくの少し下流の方で見えない天の川の水がぎらっと光って柱のやうに高くはねあがりどぉと烈しい音がしました。「発破だよ、発破だよ。」カムパネルラはこおどりしました。
その柱のやうになった水は見えなくなり大きな鮭や鱒がきらっきらっと白く腹を光らせて空中に抛り出されて円い輪を描いてまた水に落ちました。
【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】 【第4次稿】
みなみのうお座

みなみのうお座

うお座

うお座
うお座

フォ−マルハウト
フォ−マルハウト
南の魚座は天の川から遠く離れた星座で関連があるのかどうかわかりません。水瓶座の水瓶から落ちる水が魚の口へ注がれています。魚座も水瓶座の隣でリボンで結ばれた双魚として描かれ、この双魚の親が南の魚だという話もあるようです。これらの星座から着想した可能性はあるものの、「琴」や「インディアン」とは異なって、川に魚はあまりに一般的ですからなんとも言えないところです。
みなみのうお座の1等星フォーマルハウトの名称はアラビア語に由来して鯨の口の意味です。まだ2億年という若い星で、周りを塵のベルトが囲んでいます。ハッブル宇宙望遠鏡がこのベルトに惑星を発見しています。
他作品からの引用がいくつもある『銀河鉄道の夜』ですが、この場面も『風の又三郎』での発破(はっぱ)シーンを思い起こします。
「発破はっぱだぞ、発破だぞ。」とみんな叫びました。(『風の又三郎』)
これは発破漁と言われるもので、火薬の爆発で魚を気絶させたり死なせたりして水面に浮かび上がらせる漁のことです。原文には「架橋演習をしてるんだ。けれど兵隊のかたちが見えないねえ」というセリフがあるので、兵隊たちの仕業のようです。発破漁は当時も今も法律では禁止されています。賢治はこの発破漁が好きなようですね。魚を食べることさえ拒否していた人なのに、残酷なことも好きな一面があったのでしょうか。この物語での鳥の狩猟場面も楽しそうに描かれています。
ここで一つ注目しておきたいのは、「鮭(さけ)や鱒(ます)」です。どちららもサケ目サケ科に属する魚ですが、種の境界ははっきせず、国によって区分が異なるそうです。どちらの魚も川を遡上して産卵する点が共通します。空に渡り鳥がいたように川にも渡り魚がいるわけです。物語では空を飛ぶ渡り鳥は命を狙われているし、川を遡上する魚も命を狙われています。これらの対照をはっきりさせるために、「海豚」は水面下に消えていったのかもしれません。
そう考えると、渡り鳥や遡上する魚は生命の循環を象徴するものなのかもしれません。
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ジョバンニの切符
双子のお星さまのお宮
【第3次稿】
【第4次稿】
へび座付近の
ちいさな二重星
原文 「あれきっと双子のお星さまのお宮だよ。」男の子がいきなり窓の外をさして叫びました。
 右手の低い丘の上に小さな水晶ででもこさえたやうな二つのお宮がならんで立ってゐました。【第3次稿】 【第4次稿】




さそり座の二重星
二重星とアンタレス

二重星とアンタレス
さそり座全景


シャウラとレサト
シャウラとレサト

キャッツアイ

ペルセウス座の二重星団

ペルセウス座の二重星団


ペルセウス座の位置

天の川と各星座の位置

















小惑星B-612の星の王子さま
小惑星B-612の
星の王子さま


三裂星雲
三裂星雲(M20)
この話題は第3次稿で挿入されたものです。双子と言えば双子座と考えるところです。しかし、双子座は天の川からかなり外れたところです。ここは二重星のようなものと考えた方が良さそうです。「双子のお星さま」は『双子の星』という作品のエピソードが取り入れられていて、この星は天の川の西の岸に住んでいることになっています。原文はこうです。
天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つの星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星さまの住んでいる小さな水精(すいしょう)のお宮です。
この文を読めば星座ではないことがはっきりします。この話では「蠍」も主な登場人物となっていますし、次項で蠍座が登場してきているので、この近辺でモデル探しをすることになります。ちなみに『双子の星』では「蠍」、『銀河鉄道の夜』では「蝎」と「蠍」の両方が使われています。また、『銀河鉄道の夜』では「水晶」で、『双子の星』では「水精」と「水晶」の両方の漢字が用いられていますが、どちらもクリスタルのことです。
草下英明氏の指摘どおり、このあたりで目に付くのはやはり蠍座の鈎(かぎ)にあたるλ(ラムダ)星シャウラとυ(ウプシロン)星レサトでしょう。しかも、天の川の岸にあたります。真ん中じゃないかって?いいえ、川は二つに分かれたのですから、ここは岸になります。この説が正しければ賢治はすで『双子の星』の時も天の川の流れを中央部分では二筋と捉えていたことがわかります。英語では「Cat's Eyes(猫の目)」とも呼ばれます。
この説の弱点は「すぎなの胞子ほどの小さな」という言葉とは裏腹に目立ちすぎることです。もうひとつは『双子の星』で蠍が登場していることです。蠍座の鈎の一部が双子の星では都合が悪いです。加倉井厚夫氏によると、当時の天文書にさそり座の二重星を「双子星」と呼ぶ記載があるとのことです。それもあって「銀河鉄道ツアー」ではさそり座説を採用しましたが、今では賛成しかねます。
ペルセウス座の頭部付近にある「二重星団」(h+χエイチカイ)という説もあり、ペルセウス(Perseus)が「ポウセ」の読みに似るという見方もあります。しかし、このあたりは夏の星座で、ペルセウス座は秋の星座です。つまり、汽車の場所からはかけ離れているうえに星団を星と呼ぶことに抵抗があります。球状星団のような塊ではなく、散開星団なので散らばっている印象を拭い去れません。
もう一度『双子の星』を読み直してみましょう。気になる文を引用します。
1.「蠍さん。(中略)あなたがふだんの所に居なかったらそれこそ大変です。」
2.天の川の西の岸に小さな小さな二つの青い星が見えます。
3.二人のからだが空気の中にはいってからは雷のやうに鳴り赤い火花がパチパチあがり見てゐてさへめまひがする位でした。そして二人はまっ黒な雲の中を通り暗い波の咆えてゐた海の中に矢のやうに落ち込みました。

1の文からは星座を構成するような明るくて大きい星ではないことがわかります。2の文からは青い星であること。3の文からは地球の海へ落ちても大騒ぎにならないような小さな隕石のような天体であることがわかります。実際、本文では海に落ちた星はヒトデになっているのですから。
こうしたことから双子の星を賢治が「すぎなの胞子ほどの小さな」と形容しているのは大げさでも何でもなく、普通の恒星サイズから言えばまさにホコリのような小さな星々であると語っていることがわかります。
その一方で、「実に蠍のからだは重いのです。大きさから云っても童子たちの十倍位はあるのです。」というような、矛盾する部分もあります。十倍どころではないだろうと言いたいところですが、双子のお星さまたちが蠍に肩を貸して歩いて行く場面ですから、これ以上小さいとお話になりません......(^_^)
暗くてちいさな星の二重星はどこにでもあります。「すぎなの胞子ほどの小さな」という言葉は「名もない小さな」という意味だと素直に解釈すべきで、星探しをするのは徒労だと思います。星めぐりをするのは主だった星々で、双子の星は銀の笛で伴奏する役目を担っているような、地上の人々からは観測されない星々なのです。まるで星の王子さまが住んでいた小惑星B-612みたいな。そんなちいさな恒星などありえませんけれど。
「天の川の西の岸」とは銀河鉄道が走る対岸になります。シャウラとレサトという青い「双子星」から着想して、たぶん蛇座近辺の天の川岸辺に小さな二重星を思い描いて創作したのではないでしょうか。名のある天体ではなく、苦にもされないような星であってこそ、『双子の星』は輝きを増すというものです。
射手座付近は星団と星雲がたくさんある星域です。天の川の真ん中には赤と青の星雲が並ぶ有名な三裂星雲があります。これを見ていると双子の星のお宮であってもいい美しさです。もちろん違いますけどね。
「双子の星」についてはもう少し大きな画像を使って「星めぐりの歌の星空案内」ページ末でも解説しています。また、『双子の星』のテキストはそのページからリンクが張ってあります。
ここです。
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ジョバンニの切符
蝎の火
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
さそり座
アンタレス
原文 ルビーよりも赤くすきとほりリチウムよりもうつくしく酔ったやうになってその火は燃えてゐるのでした。「あれは何の火だらう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだらう。」ジョバンニが云ひました。「蝎の火だな。」カムパネルラが又地図と首っ引きして答へました。
【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】 【第4次稿】
(中略)
ジョバンニはまったくその大きな火の向ふに三つの三角標がちゃうどさそりの腕のやうにこっちに五つの三角標がさそりの尾やかぎのやうにならんでゐるのを見ました。そしてほんたうにそのまっ赤なうつくしいさそりの火は音なくあかるくあかるく燃えたのです。
【第2次稿】【第3次稿】 【第4次稿】
さそり座の絵
心臓にあたるオレンジ星

さそり座上部
大きな火の向ふに
三つの三角標

蠍座全景
さそり座全景

アンタレスAとBアンタレスAとB

心宿
心宿
ここまでていねいに描写してもらえば、さそり座以外はありえません。「その大きな火の向ふに三つの三角標がちゃうどさそりの腕のやうに」が右の写真になります。アンタレスは1等星ですが、変光星なのでわずかに光度が変化します。赤色超巨星で直径は太陽の7百倍ぐらいと推測されています。表面温度が3500度ぐらいと温度が低いので赤色系に見えます。賢治は「まっ赤なうつくしいさそりの火」と文学的な表現を用いていますが、実際はオレンジ色と言った方が妥当です。先述した『肉眼に見える星の研究』で中国では「火」と呼ばれていることが解説されており、これがヒントになったようです。アンタレスは火星のイメージと重なることから、ギリシャ語の「火星に対抗するもの」という意味が由来の名称です。
アンタレスは連星で、主星と比べればかなり光度が落ちる伴星を連れています。アンタレスAとアンタレスBと呼びます。望遠鏡でないと分離できないぐらい近接しています。また、α星アンタレスとその両隣の星、σ星とΤ星の三つ星は二十八宿の中で心宿となっています。こちらは東方青龍の心臓にあたります。
アンタレスの向こうに三つの三角標は数が合いますが、反対側に五つの三角標は数が合いそうもありません。どこから数えているのか、あるいは三角標が立っていない恒星もあるのでしょうか?
言葉の天才ゆえに何でも賢治の独自の表現であるかのように思いがちですが、実はそのほとんどが書籍や雑誌などから得た知識に触発されたものだということがうかがえます。『星めぐりの歌』の旋律も他の作品からたぶん取り込まれています。著作権を主張しすぎると世の中がつまらなくなります。自分のオリジナルだと主張できるのは洞窟で絵を描いた原始の人々ぐらいです。
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ジョバンニの切符
ケンタウルの村
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
ケンタウルス座 原文 あゝそこにはクリスマストリイのやうにまっ青な唐檜かもみの木がたってその中にはたくさんのたくさんの豆電燈がまるで千の蛍でも集ったやうについてゐました。 「あゝ、さうだ、今夜ケンタウル祭だねえ。」「あゝ、こゝはケンタウルの村だよ。」カムパネルラがすぐ云ひました。
【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】【第4次稿】
クリスマス・ツリー



ケンタウルス座とみなみじゅうじ座



ケンタウルス座とみなみじゅうじ座
ケンタウルス座と南十字
「クリスマストリイのやうに」と賢治は書いていますが、クリスマスツリーそのものですね。しばらくの間地上のことが意識から消えていましたけれど、そろそろ物語も終点に近づいてきて「ケンタウル祭」が呼び起こされています。ジョバンニの街の風景と重なる場面です。つまりはジョバンニとカムパネルラが生み出している幻想場面だと言えます。その祭と深い関係も持つケンタウルの村へと汽車はすべりこんでいきます。
ところが、ケンタウルの村を描くのであろうと思われる原稿がたぶん1枚ぐらいなく、ケンタウルの村と地上のケンタウル祭の関係は永遠に謎のままとなってしまいました。
すでに「ケンタウル祭の夜」のケンタウルス座でも触れたように、ケンタウル祭ではなく北斗七星の祭であったなら、少し異なった物語が展開することになったはずです。しかし、アルファ・ケンタウリが地球からの最近星であることや南十字座と見かけ上合体していることを考えると、「ケンタウル祭」が選ばれたのは必然であったと思えます。
ケンタウロスは腰から下が馬の身体になっている半人半獣です。「ケンタウル祭」の項目ですでに述べたように、ケンタウルス座は南天星座ですから日本本土よりも南下しないと全体は見えません。ω星団が有名です。そして、プロキシマ・ケンタウリは太陽系に最も近い恒星で、これが白鳥座61番星と対になって、銀河鉄道軌道を設定する際の大きな要素にもなりました。
ジョバンニの街からは見えない「ケンタウル」を街の祭として成立せしめたのは、やはりお盆との関係があるのだろうと思います。盂蘭盆会(うらぼんえ)が行われるのは、西方浄土というような目に見えない世界を想定してるからです。書かれなかったケンタウルの村の存在が、地上にケンタウル祭をもたらし、そして、ひとりの少年カムパネルラを連れ去ったのです。
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ジョバンニの切符
サウザンクロス
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
みなみじゅうじ座 原文 「さあもう仕度はいゝんですか。ぢきサウザンクロスですから。」
あゝそのときでした。見えない天の川のずうっと川下に青や橙やもうあらゆる光でちりばめられた十字架がまるで一本の木といふ風に川の中から立ってかゞやきその上には青じろい雲がまるい環になって后光のやうにかかってゐるのでした。【第4次稿】
(中略)
汽車の中はもう半分以上も空いてしまひ俄かにがらんとしてさびしくなり風がいっぱいに吹き込みました。
(中略)
そしてその見えない天の川の水をわたってひとりの神々しい白いきものの人が手をのばしてこっちへ来るのを二人は見ました。【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】【第4次稿】
みなみじゅうじ座

はちぶんぎ座
八分儀座と南十字

NGC4755とβ星ベクルックス
NGC4755とβ星
ぼかして描かれてはいますが、サウザンクロスはキリスト教を信仰する人々が下車する駅であることは明らかです。湖上を歩くキリストをほうふつとさせる場面まで描かれています。

「夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。」 『新約聖書』(マルコ伝s6章45〜52節/マタイ伝14章22〜33節)

この駅ではたくさんの乗客が降りたことも記されてることから、キリスト教信者の人口比も考慮されているのでしょう。
南十字が終点だという説明がよくされています。しかし、「傾斜」の項で記したようにほんとうはそうではありません。カムパネルラが下車したのはサウザンクロスではありませんでした。そうは言うものの、初期形ではブルカニロ博士の実験なので、カムパネルラが消えた少し後で帰還することになりますから、実験終了という意味でほぼ南十字を過ぎた辺りで終点になったと言うことはできるでしょう。
ところが最終形では実験ではなくなりました。「汽車の中はもう半分以上も空いてしまひ」とあるように、サウザンクロスを過ぎてもまだ半分近くの人々が乗車しているのです。この汽車には終点があるのかどうかさえわからないのです。
星座の名称通り沖縄以外では見えにくい南天星座です。α星アクルックス、β星ベクルックス(ミモザ)は1等星で、γ星ガクルックスは2等星です。
天の南極は八分儀座の中にありますが、北極点の北極星のように付近に明るい星がないために大航海時代以降に南十字座が重宝されることになりました。またβ星ベクルックスのそばには散開星団NGC4755があり、宝石箱とも呼ばれています。
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ジョバンニの切符
青じろい雲
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
みなみじゅうじ座散開星団
宝石箱
NGC4755
原文 見えない天の川のずうっと川下に青や橙やもうあらゆる光でちりばめられた十字架がまるで一本の木といふ風に川の中から立ってかゞやきその上には青じろい雲がまるい環になって后光のやうにかかってゐるのでした。【第4次稿】
(中略)
そしてだんだん十字架は窓の正面になりあの苹果の肉のやうな青じろい環の雲もゆるやかにゆるやかに繞ってゐるのが見えました。
【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】【第4次稿】
 
南十字座


散開星団NGC4755
宝石箱
南十字に注意が向いてしまい、つい見逃してしまう言葉です。これは前項で説明したとおりの宝石箱(NGC4755)です。この文は第1次稿からずっとあります。第3次稿からは「后光のやうに」という修飾が加わりました。
右図を見ると大きな十字架の肩に星々が乗っているだけですが、物語ではこんなに巨大なはずはありませんから、宝石箱の近くに木のような大きさの十字架があって、背後から宝石箱の光を浴びている幻想的な風景になります。
ただし、第3次稿では「プレシオス」が登場してくるので、これとかち合うことになります。後の項目で記していますが、「プレシオス」=宝石箱と僕は考えているので、どちらかが間違っているかもしれません。あるいは「プレシオス」の登場は第3次稿だけなので、当初の構想から外れて重複してしまうことになったのかもしれません。第4次稿で「プレシオス」が消える理由のひとつになった可能性もあります。
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ジョバンニの切符
石炭袋
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
【第4次稿】
コールサック 原文 「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」カムパネルラが少しそっちを避けるやうにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまひました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいてゐるのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずたゞ眼がしんしんと痛むのでした。
【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】【第4次稿】
石炭袋
南十字と石炭袋(中央)



コールサック
左からαとβケンタウリ、
コールサック、南十字座
この場面は基本構想にあたる箇所ですから、推敲の手は微塵も入っていません。
石炭袋(コールサック Coalsack)は南十字座の足下にある暗黒星雲です。賢治が書くような何もない孔ではなく、星雲という名前のとおり光らない塵(ちり)やガスの集合です。しかし、星の光の反射を受けて、周りの天の川の1割ぐらいの光を放っています。
当時はまだ石炭袋についての正確な科学知識を持てない時代でした。しかし、光を遮(さえぎ)っているという知識を得たとしても、文学的な表現としてこう書かれたと思いますね。実際まったく問題ないと思います。すでに「天の川」と言うこと自体が虚構なのですから。
最終形である第4次稿としてはこの項目で終わりです。ここ以降は初期形(第1〜3次稿)で登場する語句です。
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ジョバンニの切符
プレシオス
【第3次稿】
おうし座
プレアデス星団
M45
すばる(和名)

×

みなみじゅうじ座
宝石箱
NGC4755
原文 あゝごらん、あすこにプレシオスが見える。おまへはあのプレシオスの鎖を解かなければならない。【第3次稿】


おうし座とプレアデス星団おうし座とM45

プレアデス星団
プレアデス星団




















南十字座と宝石箱



散開星団NGC4755
NGC4755
Jewel Box (宝石箱)




ダイヤモンドと原石

ダイヤモンド
原石とカットされたもの
第3次稿だけにある場面です。賢治はブルカニロ博士の意図をもう少し説明しようと補足したようですが、第4次稿で物語の設定に大きな変更を加えることになり、ブルカニロ博士とともにこの場面を消しました。しかし、多くの人に愛されている場面でもあります。
草下英明氏は「プレシオス」をプレアデス星団(M45)だと指摘しました。ほぼこの説が受け入れられています。
『銀河鉄道の夜』では現実世界のものをぼかすために賢治は現実の言葉を変成させて使うというルールを設けているように感じます。星を「三角標」、ハレルヤを「ハルレヤ」、などです。「ハルレヤ」はかなりベタは変成ですね。キリスト教を丸裸で出したくはなかったのでしょう。「プレシオス」も何かを変成させているのではないかという疑いが濃厚です。
まずは「プレシオスの鎖を解」くと聞けば、旧約聖書のヨブ記38-31が想起され、「あなたはプレアデスの鎖を結びつけることができるか。オリオンの綱を解くことができるか。」という文を参照することになります。そうすると賢治は言葉を間違えたのだろうと推測することになります。実際、そういう説もあります。しかし、そうではなく、あえて変成させているのだろうと思います。
また、これは間違いではなく「プレアデスの鎖」とは無関係とする考えも当然あります。しかし、ヨブ記の続きを記せばこうなっています。
あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか。
あなたは十二宮をその時にしたがって引き出すことができるか。北斗とその子星を導くことができるか。
あなたは天の法則を知っているか、そのおきてを地に施すことができるか。

この記述は間違いなく賢治が意図するところのものです。「プレシオス」はあからさまにバイブルの言葉を記すことに抵抗があった賢治の表現だと思います。
しかし、汽車が走っている位置を考慮すると、プレアデス星団が見えるのはあまりにも不自然です。軌道図では画像の左端です。画像の右端で言えば、オリオン座の右に位置します。南十字座からずいぶん離れています。「あゝごらん、あすこにプレシオスが見える」と記されているので、二人には明らかに見えています。そして、その直後に「マジェランの星雲」を見ています。考察の基本は原文ですから、「プレシオス」はプレアデス星団ではありえません。
南十字座には宝石箱と呼ばれる、プレアデス星団に似たNGC4755があります。これを念頭に置いてプレアデスと掛け合わせた答えが「プレシオス」になったと推測します。そして、プレアデス星団ではないということになるなら、「プレシオス」は単なる言葉の変成ではなくて、どこかに根拠となる言葉があるはずです。
共通点は「プ○○○ス」しかありません。宝石箱は英語の Jewel Box の翻訳語です。やはり共通点はありませんし、こんな言葉はふさわしくありません。しかし、「宝石」に注目するとヒントが見えてきます。
宝石箱 とは英語で jewel box とか jewel case と言います。なぜ宝石が jewel かと言えば宝石箱の中に入るのは貴金属(precious metals)の台などにのせられた加工済みの宝石(gem)だからです。つまり、装身具になったものが jewel です。ジョバンニが見入っていた時計屋では星座盤のまわりをこれらの宝石が廻っていました。
しかし、写真を見ればわかるように、イメージは原石と言うべき光です。原石はたいして光りませんけれど。「銀河ステーション」でもこんな記述がありました。
まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたといふ工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたといふ風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思はず何べんも眼を擦ってしまひました。
金剛石とはダイアモンドのことです。ダイヤモンドと記さずに金剛石と書いたのは原石であることを示すためです。原石をいくら敷き詰めても「さあっと明るく」はなりませんが、文学は事実ではなくイメージですからこれが正しいです。僕たちのダイヤモンド原石のイメージはやはり光り輝いているのですから。賢治の時代なら眩しいぐらいに輝いていたことでしょう。
未加工の宝石を英語では precious stone (プレシャス・ストーン) と言います。 複数個なので precious stones (プレシャス・ストーンズ) でしょうか。もうおわかりでしょう。 precious を英語風に発音せずに、ラテン語風、あるいはエスペラント風に発音すれば「プレシオス」になるのです。「プ○○○ス」という絡みも生まれることになりました。しかし、「プレアデス星団」から「プレシオス」へと導かれたのではなく、むしろ「プレシオス」から「プレアデスの鎖」が導かれた可能性も考えられます。
ちなみに precious は「貴重な」とか「高価な」という形容詞ですが、名詞もあって「大事な人」とか「愛しい人」という意味になります。語源であるラテン語では pretiosus です。
引用文のヒントになったのは「プレアデスの鎖」ですが、見えている星々はプレアデス星団ではなく、宝石箱です。銀河鉄道ツアー制作時にはこれに気づけなかったため、アニメではプレアデス星団を描いています。
星団の視直径を考えると、プレアデス星団は大宝石箱になるので、宝石箱NGC4755はその十分の1ぐらいになります。
和名の「すばる」は清少納言の『枕草子』が有名ですが、これは二十八宿のひとつで昴宿(ぼうしゅく)となっています。『枕草子』では「星はすばる。ひこぼし。ゆふづづ。よばひぼしすこしをかし。」と、彦星も宵の明星も流れ星も押しのけて一番です。昔の月明かりのない夜はまったくの暗闇だったわけですから、星の光で影ができるぐらいでした。現代人はその美しさを想像するばかりです。
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 銀河鉄道ツアー プレシオス 
ジョバンニの切符
マジェランの星雲
【第1次稿】
【第2次稿】
【第3次稿】
かじき座
大マゼラン雲
原文 そのときまっくらな地平線の向ふから青じろいのろしがまるでひるまのやうにうちあげられ汽車の中はすっかり明るくなりました。そしてのろしは高くそらにかゝって光りつゞけました。「あゝ マジェランの星雲だ。さあもうきっと僕は僕のために、僕のお母さんのために、カムパネルラのためにみんなのためにほうたうのほんたうの幸福をさがすぞ。」ジョバンニは唇を噛んでそのマジェランの星雲をのぞんで立ちました。【第1次稿】【第2次稿】【第3次稿】 マゼラン雲

大マゼラン雲と小マゼラン雲
SMC     LMC

大マゼラン雲
大マゼラン雲
マゼラン雲には大マゼラン雲(LMC)と小マゼラン雲(SMC)の二つがあり、どちらも天の川からは離れています。また、どちらの雲も互いに離れています。しかし、互いを周回する連銀河だと推測されており、僕たちがいる銀河とで三重銀河となっているらしいです。
また、星雲と呼ばないのは英語で Magellanic Cloud(雲) と呼ばれ nebula(星雲) と呼ばれていないからに過ぎません。なんにせよ銀河です。
ふたつとも肉眼で見える明るい天体なので、賢治の記述はそれを反映しています。しかし、原文では「のろし」と記されているので、打ち上げられたのはひとつだと考えられます。ですから二つの雲を指すのではなく、大マゼラン雲のことだと考えていいでしょう。また、鉄道に乗る前に琴の星がまたたいて予兆を示したように、のろしは夢から覚めることの予兆として対応しているように思えます。
大マゼラン雲の中にはタランチュラ星雲という赤い星雲もあります。拡大画像では左上に見えます。一番上の画像ではにせ十字が見えていますが、すべて2等星の星で輝きがそろっているために、南十字と間違えやすいものです。また、南十字とにせ十字の間にはダイヤモンド十字と呼ばれる四つ星もあります。探してみてください。ダイヤモンド=菱形です。
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ジョバンニの切符
大犬座のまばゆい三角標
【第1次稿】
【第2次稿】
シリウス 原文 天の川を数知れない氷がうつくしい燐光をはなちながらお互ぶっつかり合ってまるで花火のやうにパチパチ云ひながら流れて来向ふには大犬座のまばゆい三角標がかゞやきました。【第1次稿】【第2次稿】 おおいぬ座










シリウスAとBシリウスAとB
はっきり大犬座と書いてあります。軌道図では南十字の向こうに大犬座があり、シリウスが輝いているのがわかります。
この場面は「黒い大きな帽子をかぶった青白い顔の瘠せた大人」と話をするところですが、第3次稿以降では削られます。代わりに第4次稿では目覚めてから見る星として「蠍座の赤い星」が登場しています。なになに座とはっきり記されたのはこの2星座だけですね。「琴の宿」は琴座と言っているようなものですけれど。
地上部分で何座と記すのは自然ですが、銀河軌道上では星座はすべて実在の風物へと変成していたので、本来ならここも「大犬座」としてはいけない部分です。そのためもあってか第3次稿では削除されます。しかし、ここは銀河鉄道の仕組みを知るための貴重な場面です。
「傾斜」の項で北天と南天の境界だと指摘しましたが、ちょうどここはその逆で南天から北天への境界にあたる空間です。いよいよジョバンニは現実世界へと戻ってくる時間に差し掛かっているのです。この合致こそ「傾斜」が意味することの証明になります。
おおいぬ座は冬の星座で、冬の大三角を作る1等星シリウスがあります。冬の大三角とはこいぬ座α星プロキオンとオリオン座α星ベテルギウスで作る三角形です。
シリウスは1等星の中では一番明るい恒星です。つまり、太陽の次に明るい恒星です。明るいだけあって、地球からの距離も近く、8.6光年です。シリウスAとBという連星で、光度差が大きいためにシリウスBは見えにくいです。画像では右下に針穴のように見えます。
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一般的な星座解説は「世界の黄昏」にもあります。星座名一覧もその中にあります。

(参考文献)
校本宮澤賢治全集(筑摩書房)
全天星雲星団ガイドブック=藤井旭(誠文堂新光社)
宮澤賢治・銀河鉄道の夜―そこに何を求めたか=斎藤文一(立風書房・SKY WATCHER 1991年9月号)
《銀河鉄道の夜》の天文紀行=大沢正善(河出書房新社・星の手帖 vol.49)
「銀河鉄道の夜」の鉄路を辿る=加倉井厚夫(アストロアーツ・月刊星ナビ2001年9月号)
銀河鉄道の夜=ますむら・ひろし(朝日ソノラマ)
イーハトーブ乱入記=ますむら・ひろし(ちくま新書)
天気輪の柱-小沢俊郎氏の説を承けて=萩原昌好(洋々社・「宮沢賢治」創刊号)
うたの旅人(朝日新聞社)
フラムスチード天球図譜(恒星社厚生閣)
ヘベリウス星座図絵(地人書館)
鉱物の不思議がわかる本(成美堂出版)
(参考サイト)
Kagawa Galaxy「吉田源治郎の世界」を訪ねる
音楽図書館協議会・講演「宮沢賢治の音楽」=佐藤泰平
国土地理院「地図と測量の科学館」第5回インターネット企画展「一等三角点を散歩する」
史跡と標石で辿る日本の測量史
天文古玩
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Star Trek Online Wiki
(天文画像作成)
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Stella Theater Lite